平成16年8月30日放送
 日本産婦人科医会ブロックだより-中国
 日本産婦人科医会中国ブロック会会長 砂堀 公二



 今年の中国ブロック協議会は9月25〜26に広島で開催予定です。今年はその中で主に有床診療所分娩の将来や産婦人科医が少なくなっていくことへの対策を一般協議で取り上げる予定です。   

 産婦人科医は女性の“ゆりかごから墓場まで”を見守る医師としての役割を果たしています。女性のライフサイクルは、大きく変わっていく中で、各年代で、生殖補助医療から加齢医療まで、様々なかかわりをもっています。とくに、周産期医療に関しては、結婚年齢が高くなり、子供は少なく産んで、大事に育てる傾向が強まり、合計特殊出生率は 1.29 にまで下がりました。専業主婦は減り、働きながら夫婦で、子育てする傾向が強まってきています。少子化だけでなく、妊娠年齢も上昇し、双胎分娩、早産、難産で苦しむ女性や遺伝相談も多くなってきています。その他の分野でも、産婦人科医の対応すべき医療、相談事業は次第に増え、内容も変化してきています。不妊治療は高度不妊治療が普及し、以前には子宝に恵まれなかった夫婦にも朗報が届くようになりました。また、妊娠年齢の上昇に伴い、早期から不妊相談する女性も増えてきており、どの時期から治療を開始し、高度不妊医療につないで行くのか、適切に指導することも大切です。公的不妊相談、補助事業も少子化と絡めて、各県に整備されてきているので、不妊で悩む女性のための活動が望まれます。平均寿命も長くなり、生活習慣病や更年期以後の健康管理や相談も大切な領域になってきています。とくに腫瘍検診では早期診断が必要なのは言うまでないことですが、若年からの検診を進め、前がん状態の異形成での段階からの管理が大切です。産婦人科医は女性のライフサイクルの変化に応じて、女性の要望にできるだけ対応し、各分野で献身的な努力をしながら、やるべき事をひとつひとつ積み上げて来ました。しかし、個人の努力だけでは女性の要望に答えることができず、ほころび始めた領域もでてきています。

 また、厳しい医療現場の状況から、産婦人科医療に夢をかけようとする医師は年々少なくなってきており、産婦人科医の高齢化による医療縮小傾向も相俟って、十分な医療提供や相談事業が一部の分野や地域では難しくなってきています。そのような状況から、将来の産婦人科医のあり方や地域での産婦人科医療の提供はどうあるべきかを真剣に考える時期にきていると思います。

 有床診療所分娩の将来がなければ、今後の周産期医療はますます厳しくなってくると考えています。有床診療所での分娩が徐々に減ってきているのは事実で、中国地方でも同様です。しかし、お産の半分近くは有床診療所で行われています。“検診は診療所で、分娩は大病院で”との報道があり、厚生労働省はその方向で指導していくのでしょうが、それで日本の周産期医療ははたしてよくなっていくのでしょうか?快適で安全なお産は、分娩が大病院だけで行われるようになっても、かなえられるのでしょうか?よい産院の10カ条が提起されていますが、有床診療所での実現は難しいことでしょうか?よいお産は、より手をかけた人間味豊かな環境を整えることで叶えられるように感じています。今後造られる有床診療所はよい産院の10カ条を充足する施設であることは当然ですが、周産期医療の中で病診連携を密にして安全で快適なお産を積み重ねることが大切であると思います。

 お産そのものはある程度の危険を伴った医療ですが、すべて元気に産まれるものとの認識が強いため、脳性麻痺児などの障害を残した出生があれば、訴訟になることがあります。受精卵から新生児になるまでには大きな発育、変貌があり、その過程でいろんな影響を胎児は受けます。分娩時以外にも生命、発育、機能に影響することがあれば障害を伴って出生することになります。それらを予想し、予防できることはすべきで、どの妊娠時期においても正常に経過しているか、リスクを抱えているかの診断は大切です。ハイリスク妊娠は出生後の状況も考慮し、高度周産期医療施設と常に連携しながら管理し、分娩時期も考慮する必要があります。一方、正常に経過する妊娠はできれば妊婦さんの快適性が叶う環境でのお産が望まれます。また、妊娠・分娩管理の誤りで母体、新生児障害を引き起こした事例は別として、いろいろな原因で障害を伴って産まれる新生児は国の責任でその後を支援すべきで、福岡県で始まった脳性麻痺児の無過失賠償保障制度は期待を持って見守りたいと思っています。有床診療所における安全で快適な分娩が確保されることによって、日本の周産期医療の状況は大きくかわり、産婦人科の将来も開けていくと思っています。

 また、産婦人科医減少に関しては様々な原因を考慮する必要があります。若い医師の志望者が少ないのは 
 1)少子化により産婦人科は将来性がないと考える誤解 
 2)主に夜間に拘束される過酷な労働 
 3)周産期医療の医事紛争の多さ
などがあります。どの要因も早急な改善は期待できないと思われます。その一方で、女性医師は増加しており、女性科開設の要望やプライマリ・ケアへの関与も新たに期待されてきているので、女性医師の需要は高いと予想されます。しかし、結婚して、子育てしながら過酷な勤務をこなすには限界があり、早急な環境整備が必要であると思います。

 産婦人科医の減少で深刻な影響を最初に受けるのは地方です。過疎地であれば一時的でも赴任を希望する医師は少なく、子女の教育を考える医師は都会を希望し、結婚して単身で赴任する医師はまれです。さらに研修医制度の改革で、今後2年間は新規産婦人科志望者が一時的に激減し、若い産婦人科医を供給していた大学では急遽地方病院からの医師引き上げが始まっています。中国地方でも例外ではなく、産婦人科廃科の病院が出てきています。過疎地にとって、そこで子供が産めなくなることは致命的です。早急な産婦人科医増加策が望まれます。

 その対策としてはまず、第一は医学生に対する広報です。医学生は医療環境の状況把握には敏感です。産婦人科に夢がもてなく、将来性がないと誤解している状況を改善する広報が大切です。例えば、人類の半分は女性で、性差を考慮した医療は今後重要であり、産婦人科への要望は無尽蔵にあることや産婦人科医は競合することは少ないので、有利でもあることなどです。第二は地域医療を考慮した病院集約をはかり、多人数体制にすることです。そうすれば当直回数の減少や当直明けの休日を可能にし、過酷な労働環境を改善でき、女性医師も子育てをしながら働ける環境を整備することができます。第三は医療訴訟低減のため有床診療所と周産期高度医療施設(周産期センター)との連携を密にすることです。提携病院での分娩介助ができるオープン・セミオープン病院システムの導入も重要です。第四は地方大学で地方に定着する医師を育てる地域特別入学者選抜制度を導入することです。第五は臨床研修システムにおいて産婦人科を必修科にし、充実した教育指導環境を整備することです。

 以上のように様々な方策があると思われますが、直ちに対策を採り、行動を起こしていかなければ地方から産婦人科医療は崩壊するのではないかと危惧しています。

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産婦人科が元気になるための行動計画(案)

  1. 産婦人科医療体制の再編成
    ・ 安全・安心な医療の実施(医療側、患者側両方にとって)
    ・ 労働環境の改善(労働時間、休日・夜間体制、休暇取得)
    ・ オープン・セミオープンシステム(病診連携)
     (診療所は外来患者中心、病院は入院患者中心)
     
  2. 産婦人科医療内容の見直し
    ・ 診療領域の再確認と再編(人材の有効利用と責任範囲の認識)
    ・ 診療の質の向上(高度先進医療、専門医療、一般医療)
    ・ 研修会・講演会の改善
    ・ オープンシステムの活用(院内講習会、症例検討会、共同診療)
     
  3. 産婦人科医養成体制の改善
    ・ 専門医養成(周産期、婦人科腫瘍、生殖医療、性差医療専門医)
    ・ 高度専門職業人と教育研究者(大学院、学位)
    ・ 卒後臨床研修(産婦人科の研修カリキュラム)
     
  4. 若手産婦人科医の確保
    ・ 女性医師の対応(労働内容、労働時間、休暇制度、
    ・ 産休などの長期休暇後の再教育制度)
    ・ 生活費の確保(労働条件の改善、副業問題)
     
  5. 高齢産婦人科医のあり方
    ・ 研修の強化(医療レベルの向上、新たな研修、適切な勤務内容)
    ・ 総動員(できるだけ長い間適切な領域で産婦人科医療継続)
     
  6. 社会との接点の拡充
    ・ 説明責任(公開市民講座、一般サークルとの連携)
    ・ 行政との協力体制(専門委員会、有識者諮問会議、医師会会議)
     
  7. 産婦人科収益の確保
    ・ 自費診療の見直し(妊娠・分娩関係、不妊医療関係)
    ・ 産婦人科医療への再投資
     
  8. 他職種・他学会との協力体制の見直し
    ・ 産婦人科医のアイデンティー(専門性と責任、相互乗り入れ)
    ・ 説明責任
     
  9. 全体計画の構築と優先順位をつけた具体的な行動計画
    ・ 計画立案委員会の設置(関係者との対外折衝、資料調査)
    ・ 行動計画日程の確立と実施(会員、関係者への周知、評価)