平成16年7月5日放送
 第107回日本産科婦人科学会関東連合地方部会・総会および学術集会について
 東京慈恵会医科大学・産科婦人科学教室 田中 忠夫



 去る6月20日の日曜日に開催した、第107回日本産科婦人科学会関東連合地方部会・総会および学術集会について報告いたしますが、まず、本会を私共の教室が担当させていただきましたこと、会員の皆様に心から御礼申し上げます。

 今回の学術プログラムを構成するにあたって、私共は二つのテーマを決めました。まず、ご参加いただいた皆様の明日からの臨床に実際に役立つ内容にすること、そして、産婦人科のみならず医学・医療のこれからの発展を期待させるような内容にすること、その二つです。
 これらのテーマに沿って、教育講演、特別講演、そしてシンポジウムを企画しました。これから、それらの内容の概略をお話しいたしますが、詳細は、日産婦関東連合地方部会会報・第41巻2号にある、学術集会抄録週に収載されておりますので、ご覧いただければ幸いです。

 まず、教育講演ですが、「産婦人科におけるEBM−エビデンスの伝え方−」と題して、東京慈恵会医科大学・総合医科学研究センター・臨床研究開発室の浦島充佳先生に講演していただきました。
 EBM、Evidenced-Based Medicineは、患者さんから問題点を抽出し、これをエビデンスに照らし合わせ、批判的に吟味し、そして、再び患者さんの診療に活かす、という一連の行為を言います。現在、数多くの医学雑誌を手にすることができ、またインターネットなどの情報技術の進歩により、私たちはこれらのエビデンスを有効に活用できる状況にありますが、実際には私達、医療者の意味するリスクとベネフィットが患者さんに十分に伝わっていないことも少なくありません。また、同じように診療方針を説明しても、それに対する患者さんの反応は個々に異なっています。このような現実の背景に潜むヒトのリスクに対する認知の相違について、具体例を示しながら解説していただきました。患者さんと医師との間に起こる問題の多くは、診療方針の説明不足あるいは理解不足に端を発することが少なくありませんので、ここで改めて考え直す機会になったものと思います。
 次に、特別講演として「先端的知見を臨床に活かす」という共通のテーマに即して、分野の異なる4名の先生にご講演いただきました。
 まず、東京慈恵会医科大学・総合医科学研究センター・高次元医療用画像工学研究所の鈴木直樹先生に「高次元医用画像技術を用いた手術支援システム」と題して、手術前の手技習得、あるいは手術計画などを可能にする手術シミュレーションシステム、術中ナビゲーションシステムの開発状況について講演していただきました。これらの領域の発展は、より安全かつ確実な手術の将来像を思い描かせるものでありました。
 大阪大学・分子制御内科学講座の船橋徹先生には「脂肪細胞とアデイポサイトカイン」と題して、脂肪細胞の生理機能に関わる役割、そして糖尿病・高血圧・高脂血症などの生活習慣病の発症に関わる肥満について概説され、そこには脂肪細胞から分泌されるアデイポネクチンの多彩な生理活性が大きく関与していることを講演していただきました。産婦人科領域においても、PCOやある種の主要など、アデイポネクロチンが関与している疾患が示され、新たな視点からの病体解明の可能性が示唆されました。
 そして、国立がんセンター研究所・生物学部の横田淳先生に「がんの予防・診断・治療に有用なゲノム情報」と題して、がん細胞に集積している遺伝子変異の網羅的解析、そしえ個々の異常とがん細胞の悪性形質発現との関連性など、近年の研究の進歩を講演していただきました。また、卵巣癌の発生・進展に関わるゲノム情報についても言及され、近い将来、新しいがんの予防法・診断法・治療法が開発されるだろうことが大いに期待されました。
 特別講演の最後は、九州大学・産婦人科で、ゲノム機能制御学部門の和氣徳夫先生に「p53安定化シグナルの再構築を標的とした癌分子標的治療の開発」と題して講演していただきました。遺伝子機能の異常に起因する疾患であるがんの情報伝達系、特にがん抑制遺伝子として多くの研究がなされているp53について、その安定化シグナルの重要性を概説され、その不活性化を再構築することにより、がん細胞の老化・アポトーシスを誘導する可能性について話していただきました。癌分子標的治療に向けての戦略の一つが示され、臨床に応用される日もそう遠くないものと思われました。
 このように、「先端的知見を臨床に活かす」という共通のテーマでお話しいただいた4つの最先端の知見は、さらなる医学・医療の進歩を期待させるものであり、近い将来、私たちの臨床にも必ず繋がってくるものと思われます

 また、「生殖医療と周産期医療の連携を求めて」と題するシンポジウムを行いました。
 生殖医療の進歩の多くは不妊症夫婦に大いなる福音をもたらしておりますが、反面、多胎・高年妊娠などのハイリスク妊娠、あるいは早産・低出生体重などのハイリスク時の増加などとも深く関連しており、いま、改めて生殖医療と周産期医療との強い連携を考えなければならないと思っておりました。
 基調講演として、国立成育医療センター・周産期診療部・不妊症診療科の斎藤英和先生に、「生殖医療の現状とその問題点」と題して、厚生労働省の母子保健統計ならびに日産婦倫理委員会・登録調査委員会の報告をもとに、わが国の生殖医療の現状を講演していただきました。
 その後、慶應義塾大学・末岡浩先生、日本医科大学・竹下俊行先生、国立成育医療センター・胎児診療科・左合治彦先生、東京慈恵会医科大学・大浦訓章先生、そして、東京大学・福岡秀興先生の5名から、各々、「生殖医療がもたらす周産期医療へのフィードバック」、「不育治療と周産期予後」、「多胎妊娠と周産期医療」、「高齢妊娠と周産期予後」、「周産期栄養管理を成人病胎児期発症説から考える−低出生体重児を中心として−」と題する話題を提供していただき、活発かつ有意義な討論が行われ、これからの両者の連携について、現実的な解決案が提示されました。

 一般演題は、多くの先生に発表していただくために、例年通りポスター講演としました。会員の皆様のご協力により、172題もの多数の貴重なご研究あるいは症例の報告がなされました。ここで発表されたものは、いずれも日常診療で遭遇するかもしれない症例であり、必ずや明日からの臨床に役立つものと思われます。

 朝9時から夕方5時過ぎまで、5題のランチョンセミナーをはさみ長い一日でしたが、ご講演いただいた先生、座長の労をお執りいただいた先生、そして、ご参加いただいた950名余りの先生に心から御礼申し上げます。

 最後に、皆様にご満足いただけるよう教室員・同窓一同が準備してまいりましたが、なにぶんにも手作りの学会運営でありました。ご不便をおかけしたことが多々あったかと心配しておりますが、ご容赦いただければ幸甚です。