平成16年4月19日放送
 
助産所調査から嘱託医契約書の問題
 
日本産婦人科医会医療対策委員会委員長  可世木 成明


 人口動態の統計によれば、助産所における出生は約1%に過ぎませんが、助産所に根強い人気があるのも事実です。厚生労働省は「健やか親子21」の中で「安全で快適な分娩」を求め、小規模産科施設や助産所での出産の安全性を高めるべく研究班を作って検討しています。
 医療対策部では、日本助産師会のご協力を得て、平成13年10月に「助産婦さんへのアンケート調査」を行い、問題点の把握、助産所に対する支援の検討と提言を行いました。その内容は昨年8月にこの日産婦医会アワーで述べさせていただきました。また報告書は医会の各支部に送られており、一部は昨年1月の日産婦・医会報「医療と医業特集号」に掲載されていますので、ご参照頂きたいと思います。
 以前から助産所の嘱託医には問題があり、きちんとした契約書のないことが指摘されていました。そこで報告書の中で嘱託医契約書の案を提示しましたが、本日はそのことについて述べたいと思います。

助産所からの要望

 アンケート調査の中で嘱託医制度、周産期医療システムに対する要望を問いました。感謝しているとの回答も多かったのですが、以下のような要望が寄せられています。
嘱託医制度を充実してほしい。近くの医師になってほしい。医師・助産師のコミュニケーションの場が欲しい。緊急時の搬送は原則として嘱託医師の紹介状が必要となっているが、高次医療施設に直接搬送できるシステムが欲しい。地域の救急医療システムに助産所も組み入れて欲しい、などでした。

助産所の問題点と支援の検討

 助産所の問題点は「安全な医療」であり、各種の情報で手遅れになった例など問題症例が挙げられています。また医療側からは責任の所在がはっきりしない、助産師から嘱託医に診療内容が伝達されない、患者や家族に説明した内容が伝達されないなど種々の問題点が指摘されています。
 保助看法による助産師の業務は正常な助産に関することであり、検査・注射・投薬などの医療行為は原則として嘱託医師の監督下に行われることになっています。妊婦のリスクを早期に発見し、医師による診断と治療にゆだねることが助産師の重要な責務であります。ハイリスクのスクリーニングが出来るように診断技術の向上が望まれます。
 助産所は医療施設ではないために、周産期救急医療体制から外れている地域が多いと思われますが、今後はこれに組み込んでいく必要があります。そこで安全・非安全の見極めを十分に教育することが重要ではないでしょうか?

嘱託医師の問題

 助産所の嘱託医師については、医療法第19条の規定で助産所の開業時に届け出ることになっています。今回の調査で嘱託医師の無いところもあり、嘱託産婦人科医の28%が現在分娩を取り扱っていない施設でした。契約に経済的な裏付けのあるのは18%に過ぎず、ほとんどが医師の無償の好意に頼っているものと思われます。契約の確認は、52%が口頭による依頼でありました。
嘱託医師の条件としては、
 ・ 必ず契約書を交わし、文章で明記する。
 ・ 産婦人科医であること。
 ・ 嘱託医師は2人以上とする。
 ・ 緊急に対応できる距離にあること、等が挙げられます

契約書の提案

 国民のためのより良い医療、「安全で快適なお産」を守るためには産科医療施設と助産所がお互いに協調すること、そして産科医師が助産所を見守り援助することが必要と考えられます。我々産婦人科医が責任を持って助産所をサポートするためには、契約内容を明瞭に規定する必要があります。そこで弁護士の指導の元に、契約書の案を作成いたしました。
 時間の都合でその骨子のみお話ししますが詳細は昨年1月の日産婦医会報・特別号をご参照下さい。

嘱託医師委嘱契約書(案)  PDF

  1. 助産師が委嘱、医師が受諾する
  2. 両者は緊密な協力関係を築く
  3. 委嘱期間を明記し、満了時に双方に異議のない時は更に同一期間を更新する
  4. 委嘱の報酬を明記する
  5. 以下の事項を確認する
    ・少なくとも妊娠の前期・中期・後期の3回は診察を受けさせること
    ・必要と認めた検査は必ず行うこと
    ・患者の紹介、往診を要請したときはこれに応える。高次医療施設への搬送の必要
    があれば紹介する。この際には助産師は診療録を開示し、患者・家族に説明した内容を伝えること。
    ・患者が助産所に入院した時、診療経過の概略を連絡し、分娩の終了したときにその旨連絡する
  6. 嘱託医は助産所のために予備の協力医2名を委嘱する
  7. やむを得ない事情により嘱託医師が責務を履行できないときは助産師は予備の協力医に協力を委嘱することができる

嘱託医契約書の問題点

 この契約書について2月15日に開かれた全国ブロック医療対策連絡会において、以下の検討が行われました。

  • まず基本的な問題ですが、「今何故このようなものが必要なのか。助産所での分娩の安全性には問題があるので、医療機関で分娩するように啓蒙すべきではないか」という意見です。最初に述べたように助産所で1%の出生があり、根強い人気のあることは否定できません。助産師にも現行法上開業する権利があります。そこで我々産婦人科医も患者さんを守る立場から、少しでも安全な分娩のために協力する必要があるのではないでしょうか。また助産所での分娩が安全でないから止めるべきと言うのは、それでは診療所での分娩が安全かという議論に結びつくのではないでしょうか?
  • 次に「嘱託医の管理責任が問われないか。医療事故があったときに責任が生じないか?」という疑問です。嘱託医には助産所について全ての管理責任はないと思われます。嘱託医が医療行為を行った場合、あるいは助産師から相談された場合には責任が生じると思われます。
  • 予備協力医師を嘱託医師が委嘱する事への疑問ですが、報酬の分配も含めて今後検討したいと思います。
  • 「一人診療所が嘱託契約することは無理があるので、複数医師の医療機関とだけ契約するようにすべき」との意見もあります。もちろん基幹病院の医師が嘱託医を引き受けるのが理想的ですが、地域によっては近くに基幹病院のないところも多く、そのために予備協力医を設定したのです。
  • また、ある地域からは「現状で協力・信頼関係が築かれているので、あえて契約書の必要はない」との意見がありました。大阪ではOGCS・地域的周産期救急システムのネットワークに助産所も包含されているので問題がない、嘱託医師を介しなくても直接でよいとのレポートがありました。
  • 「助産所はハイリスク妊婦を医療機関に紹介し、正常妊婦のみを扱うようにすべき」とか、「嘱託医師への連絡や、高次医療施設への搬送基準を明確に」などの積極的な意見も寄せられています。

 このことに関しては、厚生科学研究費、助産所における安全で快適な妊娠・出産環境の確保に関する研究の中で、分担研究者の青野敏博先生のグループは、今回の医療対策部の調査結果も参考にした上で「助産所に於ける分娩の適応基準および正常分娩急変時のガイドライン」を作成されました。
分娩の対象者は、1.助産所での分娩、2.産婦人科と共同管理すべき者、3.産婦人科医が管理すべき者の3群に分類されています。正常分娩急変時のガイドラインでは、搬送先として新たに嘱託医療機関を設けて、急変時には速やかに搬送する基準が示されています。

おわりに

 今回の委嘱契約書はあくまでも基本的な案であり、なお修正、補足の必要があります。また都市部と地方では事情も異なり、契約書はそれぞれの地域の状況に応じて手を加える必要があると思われます。さらに今後オープンシステムを採用する場合にはこれを土台として新たな契約書を作成する必要があると思われます。
 今まであまり目を向けられなかった嘱託医委嘱契約書を作成することが、助産所でのより安全な妊娠・分娩の管理に寄与すると考えております。