平成16年1月12日放送
  乳がん検診に対する日本産婦人科医会の取り組み
  社団法人日本産婦人科医会常務理事 永井 宏

 


はじめに
 平成15年8月24日の朝日新聞上、乳がん見落とし(女性39歳)の記事に端を発した一連のキャンペーンは、乳がん検診のあり方に論を賑わし、各方面に大きな波紋を及ぼしました。
 これを受けて、厚生労働省は乳がんと子宮がん検診のあり方を見直す、『がん検診に関する検討会』を設け、特に乳がん検診と子宮がん検診のあり方の見直しが始まりました。これらは、3月いっぱいをかけて結論をまとめ、今後の検診のあり方に方向性が示される予定となっています。
 現在までの乳がん検診における日本産婦人科医会の歩み、取り組み方を振り返り、現時点で乳がんに対し婦人科医がいかに取り組むべきかについて医会としての見解についてまとめます。

 まず、乳がん検診の歩みですが、女性に対するがん検診は昭和36年頃より東北大学産科婦人科教室により開発された子宮がん検診車による検診で始まったと言えます。やがて子宮がん検診は、宮城県、東京地区を先進として、地域における婦人科医が受け持つ施設検診が中心となり、1973〜4年頃までには全国的な広がりを見せました。この子宮がん施設検診は現在では全国的に定着し、日常診療の中に組み入れられています。
 乳がん検診は、子宮がん検診に遅れて1975年に日本対がん協会が、乳がんの検診委員会を立ち上げ、「問診、視診、触診」により「対がん協会方式」として検診が始められました。子宮がん検診が細胞診という強力なスクリーニングの手段があったのに対し、乳がん検診は視触診を手段として始められたことから、検診の精度を高めるため、乳がん臨床に習熟した乳腺専門医、外科医によって始められました。宮城県におけるスタート当時の記録にも「乳がんに対する精鋭の医師を集めた検診が誇りである。」との記載もみられ、誰でも参加可能であった子宮頚がん検診と異なる背景を持っています。
 乳がん検診が始まると同時に、当時の日母では、会員の乳房に対する臨床知識向上のため、がん対策委員会を中心として『乳房検診の手引き』を始め研修の小冊子を発行しました。また、昭和61年の山形における日母大会には乳がん検診がシンポジウムに取り上げられ、参加会員の共感を呼び起こしました。昭和62年には第2次老人保健法に乳がん検診が組み込まれ、「問診、視診、触診」を中心に行われる事になり、検診の担当者は「視触診に習熟した外科、婦人科医等による」と明記されました。これに対応して、当時の日母がん対策委員会では「視触診のすすめ方」のビデオを製作、広く販売し、視触診に習熟した条件を満たすための普及、自己触診指導普及に努めてきました。
 第2次老人保健法で視触診法でスタートした乳がん検診では、並行して設けられた班会議により視触診検診法の効果、マンモグラフィを始めとする画像診断併用検診の可能性が検討されました。
やがて久道班による検診の有効性評価がまとめられて、視触診を中心とした乳がん検診の有効性が必ずしも高い評価を得られないことの証明を受け、2000年3月には、50歳以上の受診者には隔年のマンモグラフィ導入のガイドラインが出されました。現在でも併用検診導入年齢を始めとして、テーマを変えながら乳がん検診に関する班会議は継続され、超音波の位置付けなど、多方面より問題点が論じられています。
このガイドラインに沿った検診では、体制の整った市町村より導入されることになっていましたが、全国的に歩みは遅く、日本乳癌検診学会を中心とする関係者間で問題視されていた矢先に、見落とし事件が起こり、これを受けた朝日新聞キャンペーン効果で検診の体制の見直しが急務となってまいりました。
産婦人科医間においても今後、検診参加のための資格として乳がんに関する研修の重要性は増すと思われます。そのためには、各種研究会に積極的に出席するなど自己研鑽が求められます。2002年から、乳がん研究会が大阪医大植木實教授を代表として発足、年に2度、関東、関西で交互に担当して行われています。研究会はすでに4回開かれていますが、毎回大勢の参加者を見、実地医師、大学医師とも若手の参加が多く、他の学会、研究会などでは見られない熱心な意見交換が行われ、今後に対し明るい手ごたえを感じています。
 また、現在、マンモグラフィ併用検診参加のためにはマンモグラフィ読影力は不可欠ですが、医会がん対策委員会では精中委主催の研修会と同じプログラムで、医会研修会を開催、10回を迎えています。多くの受講者があり、その中より指導医の資格を兼ねるA級を含む150名を越す読影医が生まれています。また、多くの医師が検診登録資格を保有するに至っています。
 第2次老人保健法以来、乳がん検診受診者の多くは産婦人科医を訪れる傾向がみられます。宮城県を始めとして、80%を越す受診者が産婦人科医を訪れている県も少なくありません。坂元会長が常に主張なさる、産婦人科医は全婦人のプライマリケアドクターになるべきとの視点を受け、乳がん検診に対する婦人科医への期待はますます高まってくると思われます。乳がんにおいても、全ての検診でも同じですが、精度を高める事と共に受診率を高めることも問題です。婦人科医に期待を寄せ、婦人科を選んだ受診者に応えるためにも、今後も研鑚に励む事は必須と思います。
 これを受けて、日本産婦人科医会では日母時代より乳がん検診の研修を続け、また大部分の産婦人科医は検診に対して研鑽を積んで、また研修を更に充実させていく所存です。従って、今回の朝日新聞によるキャンペーンのきっかけとなった事例で、担当医師の研修を受けたことがないとの発言は医会としては不本意で、たまたま不適切な医師を訪れた受診者の不幸と理解しております。すなわち、今回の検診見落としキャンペーンで、産婦人科と乳がん検診の是非も論じられた部分もありますが、ほとんどの婦人科医は研修を積んでいると信じ、専門外の婦人科医とは婦人科医全体を指すものではなく、個人を指すものと理解しています。しかし、今後検診に対し未熟な医師は、外科、婦人科を問わず専門外の医師との認識が下されることは銘記しなくてはなりません。朝日新聞の記事の流れも、取材を重ねるうちに婦人科医を不適切とすることから、検診全体の見直しの必要性に論旨が変わってきています。
 
日本産婦人科医会では、乳がん検診において誤解を招かぬように、見解をまとめました。
当初、キャンペーンで論ぜられた問題点としてあげられているのは、

  1. 専門医ではない産婦人科医が検診に携わっている
  2. 有効性が証明されているマンモグラフィ検診ではなく、視触診による検診が漫然と行われている
  3. 検診のマニュアルがない

に大別されますが、明らかに誤解もあるし、当を得ている部分もありましょう。
日本産婦人科医会では乳がん検診に対し以下のことを進めています。

1) 現状の把握

  1. 各支部における検診医療機関の指定基準、検診体制を調査する
  2. 視触診法の所見の記載内容、判定法を調査する
  3. 乳がん検診に関するトラブル事例の内容と判例を調査する

2) 乳がん検診のマニュアルを作成する

  1. 乳がん検診の方法
  2. 患者の同意書の製作

3) 乳がん検診従事者資格の再チェックと資格取得の多様化を図る

  1. 医師会に対して、検診従事者講習会の開催と修了証の発行を依頼する
  2. 日本産婦人科乳がん研究会に対し、会員証、参加証、認定証などの発行を依頼する
  3. マンモグラフィ読影講習会を引き続き開催する

4) マンモグラフィ併用検診導入への努力

  1. 地域ごとに、現状の報告、対策の協議、マンモグラフィ併用検診導入を勧奨する。これには各都道府県の成人病指導協議会乳がん部会の場が最適と考えています。
  2. 厚生労働省との意見交換会を持ち、政策的後押しを求めていく。
  3. マンモグラフィ読影講習会を引き続き開催する。

5) 産婦人科医の責務として乳がん検診および乳がん診療の普及を図り、産婦人科診療の柱の一つとなることを目指す

  1. 日本産婦人科乳がん研究会の世話人となっている各大学教授に、教室での研修プログラムに乳がん診療を組み込むことを依頼する
  2. 日産婦学会の専門医試験に乳がんに関する設問を加えるよう働きかける
  3. 卒後臨床研修において、乳がん検診を婦人科のカリキュラムに加えるよう働きかける
  4. 日本産科婦人科学会、日本婦人科癌検診学会、日本婦人科腫瘍学会等、婦人科医の参加の多い関連学会で、積極的に乳がんを取り上げるように働きかけて行くつもりです。

以上が、現在乳がん検診に対する問題と現時点での医会の対応です。