平成15年12月1日放送
  日本産婦人科医会研修ノートNo.71「内視鏡下手術」より
  社団法人日本産婦人科医会幹事 西井 修
 

 学術研修部では、最新の医療情報を提供し、実地医療に役立つことを第一に考え、事業を行っております。平成15年度の研修ノートは「手術シリーズ」として「内視鏡下手術」を取り上げました。
 内視鏡下手術は、「低侵襲手術」として、多くの領域で応用されています。婦人科においても、ほとんどの婦人科良性疾患を内視鏡下に行うなど積極的に導入している施設もあります。一方、内視鏡下手術が多くの疾患に適応されていく過程で、さまざまな問題点が明らかになってきました。特有な副損傷の存在や従来経験しなかった合併症との遭遇です。内視鏡下手術の合併症は一旦起こると重篤なことが多く、低侵襲手術とはかけ離れた結果になる場合があります。
 一般に手術侵襲を評価する指標として、術中出血量や手術時間、あるいは術後歩行開始時間、鎮痛剤の使用や発熱の有無、またCRPや白血球などの血液学的検査、合併症の有無などがあります。術後の回復を示す指標として術後入院期間を比較してみますと、腹腔鏡下手術は明らかに入院期間の短縮を図ることができ、患者にとっては低侵襲手術と言えます。
 腹腔鏡下手術の利点は、手術創が小さいので (1) 術後疼痛が少なく、入院期間の短縮や早期の社会復帰が可能であること、(2) 腹膜の損傷が少ないため術後腸管麻痺や癒着が少ないこと、(3) 美容的に優れることなどです。一方、欠点は、使い捨ての特殊機器・器具を必要とし、その結果手術コストが上昇すること。全身麻酔や骨盤高位の体位を必要とし、気腹もおこなう関係で、老人や呼吸機能に問題がある場合は適さないことなどです。

 それでは、内視鏡下手術の中で主に腹腔鏡下手術に使用する機器・器具について説明しますと、 最低限必要な機器は、腹腔内を照らす光の発生装置である光源装置と光源からの光を硬性鏡に伝えるライトガイドケーブルです。そして、硬性鏡により得られる光信号を電気信号に変えるCCDカメラと映像をみるためのモニタ、ビデオテープなどの画像録画装置です。
 手術用鉗子類は、把持鉗子、剥離鉗子、鋏鉗子、持針器、吸引還流用鉗子、モノポーラやバイポーラなどの電気凝固鉗子、子宮を動かすことにより術野を確保する子宮操作鉗子、鉗子類を腹腔内に挿入するためのルートとなるトロカーなどがあります。
 その他にあらかじめ作ってあるループを腹腔内に挿入し止血部位の結紮に使用するループ式結紮器、子宮筋腫の核出に際して使用するミオーマスクリュー、穿刺注入針、組織回収袋、また、超音波の振動エネルギーにより組織の切開と凝固を行う超音波凝固切開装置や自動縫合切断器、モルセレーターなどがあります。

 腹腔鏡下手術には、視野を確保する方法に大きく分けて気腹法と吊り上げ法の2種類があります。
気腹法は、気腹装置により炭酸ガスを腹腔内に注入し腹壁を伸展させることにより視野を得る方法です。また、第一トロカール挿入法にはクローズド法とオープン法があり、手術既往のある例や腹腔内癒着が疑われる場合、また腹腔内に十分なフリースペースのない場合には、オープン法が安全です。

 吊り上げ法は、皮下にキルシュナー鋼線を通し、これを吊り上げることにより空間を作る皮下鋼線吊り上げ法と、腹腔内に専用機器を挿入し腹壁全体を吊り上げる腹壁全層吊り上げ法があります。吊り上げ法の欠点は、視野の確保が気腹法に比しやや劣ることです。ただし、吊り上げ法は、気腹ガスによる合併症がないこと、ガス漏れの心配がなく、開腹用の器具やガーゼなども使用でき経済性にも優れるなどの利点があります。

麻酔法
 腹腔鏡下手術の麻酔は、十分な筋弛緩と気腹が得られ、骨盤高位がとれる気管内挿管による全身麻酔が理想的です。また、ラリンジアルマスクを使用した全身麻酔下でも可能である。浅い麻酔深度で患者に挿入でき、麻酔からの回復時間は短いので、患者のQOLを考えたデイサージェリーに適しています。ただし誤嚥を防御できないという欠点があります。このため腹腔内圧の過度な上昇を避け、急激に骨盤高位にしないなど十分注意する必要があります。気腹法による腹腔鏡下手術の麻酔では、気腹による影響として呼吸循環への影響などの問題が存在します。気腹開始時の気腹圧上昇により静脈還流が増加することによる血圧上昇や、高CO2血症や腹膜刺激による頻脈、不整脈、乏尿などがあり、体位による影響として、骨盤高位にともなう低酸素血症があります。

 主な手術について解説いたします。
 腹腔鏡下子宮筋腫核出術には、筋腫の切開、核出、縫合操作までのすべての操作を腹腔鏡下に行う術式(LM:laparoscopic myomectomy)と、腹腔鏡下に筋腫の切開や核出を行い、腹壁に小切開を加えた後に、腹腔外から筋腫核出・摘出や縫合操作を行う腹腔鏡補助下子宮筋腫核出術(LAM:laparoscopically assisted myomectomy)があります。LMは筋腫核が2個以内でかつ最大径が5cm以内とし、それ以上であればLAMが選択されますが、術者のレベルが高ければ、LMは可能です。
 子宮内膜症の手術は、腹膜病変に対する焼灼術、癒着病変に対する剥離術、卵巣チョコレート嚢胞に対する嚢胞摘出術に分けられます。嚢胞摘出術は、嚢胞摘出術から卵巣修復のすべてを腹腔内でおこなう体内法と嚢胞摘出術、卵巣修復ともに腹腔外で行う体外法に分けられます。卵巣チョコレート嚢胞は癒着が強く卵巣の可動性が十分得られないことが多いので、体内法が適しています。

 腹腔鏡下手術の導入にあたっては、段階を踏んで研修していく必要があります。腹腔鏡下手術は三次元の腹腔内を二次元のモニタ上に投影しておこなうことから、特殊な機器や機具の利用が不可欠であり、技術の修得、向上には一般手術とは別の充実した教育とトレーニングシステムが必要になります。
 腹腔鏡下手術の特殊性を理解した上で、モニタ下での位置関係を把握する練習や手術に使用する機器や器具の特徴や操作法に習熟することから始めます。次に、器具の操作に慣れ、基本的な手技を理解するための操作鉗子や持針器等を使ったブラックボックスでの反復練習、動物モデルを使って基本手技の修得、特殊器具の使用やトラブルシューティングの方法の習得、実際の手術画像を想定したイメージトレーニングです。実際の手術に際しては、気腹操作、トロカー挿入、視野の確保、観察のみの診断的腹腔鏡から開始します。その後、付属器切除や体腔外の卵巣嚢腫核出術、洗浄・吸引操作などの比較的容易な基本的操作に移り、続いて癒着剥離操作などの手術操作と難易度を上げていきます。特に縫合・結紮操作は習得すべき手技となります。

研修制度に関して
 日本産科婦人科内視鏡学会では、基本手技と疾患別の手技の習得を目的に、動物モデルを使った実技トレーニングを年2回行っています。この講習会は有料で、日本産科婦人科内視鏡学会会員でなくても受講できます。また、年1回の学術講演会に際して、会員を対象に研修会を開催しています。
 また、平成14年度より日本産科婦人科内視鏡学会で内視鏡下手術の認定制度が開始されました。症例の経験、学会、論文発表経験とVTRによる技術認定をおこなうもので、今後内視鏡下手術の普及に寄与することが期待されます。

 今回、新しく内視鏡下手術を導入しようとしている会員や現在導入中の会員に、minimum requirementとしての「内視鏡下手術」を、多くの問題点を含んだ上であえて発行しました。
 ほとんどの婦人科良性疾患は内視鏡下手術の適応と考えられていますが、限界に関しては十分なコンセンサスを得ているとは言えません。構造的な限界は自ずと規定されますが、手技的な限界は技量の差による場合と手術の難易度によるため、術者により変化するものです。しかし、スタンドプレーは患者にとって優しい手術とはならないし、むしろ戒めなければならないものです。自分の技量を十分に自覚した上で、安全でしかも低侵襲である手術を目指していただきたいと思います。内視鏡下手術は低侵襲手術ですが、決して簡単で小さな手術ではなく、大きな手術です。内視鏡下手術を行うには、開腹手術が十分に行えることが前提であり、その上で一定の内視鏡下手技の習得が条件であるとも考えます。
 また、患者に対しては腹腔鏡下手術の内容や利点のみを強調した説明に留まらず、合併症を含めたデメリットについても理解を得ておく必要があります。腹腔鏡下手術には限界があり、開腹手術への移行もありうることの理解と同意は必須です。出血も最小限にとどめることは最優先事項の一つですが、開腹手術と同様、輸血の可能性についても説明と同意が不可欠です。
内視鏡下手術を行うにあたっては、安易に取り組むのではなく、十分な手技の研鑽をおこなった上、インフォームドコンセントのもとで行っていただきたいと思います。