平成15年10月27日放送
  第44回日本母性衛生学会より
  第44回日本母性衛生学会会長 佐藤 郁夫
 

 第44回日本母性衛生学会の学術集会は平成15年10月9日(木),10日(金)の両日栃木県宇都宮市の栃木県総合文化センターと自治会館で約1500名の参加者を得て開催致しました。

 学会のプログラム作成にあたりましては,日本母性衛生学会の会員の皆様の御意見や現在「健やか親子21」の実施期間中でもありますので,これらも参考にして企画致しました。

 ここでプログラムの主なものを紹介致します。まず10月9日(木)は,特別講演1題,招請講演2題,教育講演5題,理事長講演,会長講演,そしてシンポジウム4題であります。翌10月10日(金)はワークショップ1題,サテライトシンポジウム1題と410題の一般演題が10会場に分かれて行われました。

 特別講演では,今年世界中を震撼させたSARS発病時,その問題解決に中心的役割をはたされたWHO西太平洋地域事務局長の尾身茂先生に「日本人へのメッセージ−世界の保健医療の現場から−」と題してお話をいただきました。先生はこの度の講演で,「世界の保健医療の現場から見ると,日本は食料・水や住居など人が健康に暮らすための基本環境が整い,個々の疾病対策・予防プログラムが適切に実行され,皆保険制度により医療サービスへのアクセスが保証されている。その反面,日本の医療の問題点として端的に表わすものに,医療サービスの受け手たる患者さんが,提供されているサービスに対して満足していないという事実があります。こうした二面性を打破するためには,日本の近代合理主義に基づく生物学的な方法論が,客観的に定量化・定性化できる対象に対しては大きな成果を上げた反面,患者さんの心理的側面などに対応できなかったことを反省すべきである。」そして,21世紀の日本の医療の発展のためには,生物学的方法論によって見落とされてきた人間の大切な一側面,即ち病む心をどう癒すかという点においても世界のトップランナーになることを期待して講演を終わりました。

 招請講演1では,ワールドサッカー日本代表監督トルシエ氏のフランス語通訳として活躍されたフローラン・ダバティ氏に「21世紀の恋愛論」と題して講演していただきました。彼は講演の中で,人間にとって愛(愛すること,愛されること)に優るものはないし,また愛は人種や国境を越えて存在するものとしています。そして女性の愛は男性の愛に比べて遥かに深くて大きいとも話しておりました。
 招請講演2では,自治医科大学名誉教授の眞弓忠先生が「母子感染」と題して話されました。先生は今回,日本を含めアジア・アフリカに多発している肝臓癌の原因と関係するB型肝炎ウイルスの母児感染について,その解明の道筋とその成果による日本での肝癌制御対策を中心に話されその内容は会員に益するところ大でありました。

 教育講演は5題用意致しましたが,うち2題は虐待を取り上げました。まず,自治医科大学小児科学の桃井眞里子教授は「子どもの虐待」と題して講演されました。
 「小児虐待は,虐待の内容により,身体的虐待,心理的虐待,ネグレスト,性的虐待に分けられるが,多くの場合これらが混在しており,また少なからぬ例では,家庭内暴力(DV)の一面でもあるため,防止も虐待後対策も多岐にわたる英知とシステムの結集が必要とされる。」としています。「これらのうちネグレクトと心理的虐待はもっとも気付かれにくく,しかもその傷はしっかりと深く刻み込まれる。妊娠への無関心は,生まれて来る子への無関心へのリスクを示唆しているし,乳幼児健診や予防接種の欠如は,明らかなネグレクトであり,閑かな虐待ともいうべき事項である。」としています。小児期の虐待は生涯にわたる深い傷を残し,さらにその精神的外傷は次世代にまで及ぶからであります。
 教育講演2では桃井教授の「子どもの虐待」を受けて,「虐待する親はどういう人か」と題して家族機能研究所代表斎藤学先生が講演されました。
 2000年における日本の児童虐待罹患率(子ども1000人対)は1.54,被害児推定数は35,000人と算定されていますが, 2000年の米国における児童虐待罹患率は12.2,被害実数は879,000人となっていて,罹患率で10倍,実数で25倍である。日米双方で一致している傾向は女性加害者が多いことで,日本67 %,アメリカ60 %である。また加害者の殆どが片親ないし両親であるというところも,日本83 %,アメリカ84 %と似た数字が並ぶ。また特徴的なのは「子供を虐待する母親では自らの児童期に被虐待体験を持つ者が69.2 %と顕著に多かった。特に各種の性的虐待の被害体験を持つ者が48.6 %を占めた点が注目される。これらの結果は,児童期の被虐待体験が子供を虐待する母の発生に深く関与することを伺わせる。」と極めてショッキングな内容の講演でありました。
 教育講演3では杏林大学医学部附属病院看護部長福井トシ子先生に「セーフティー・マネージメントの実際と展望−セルフマネージングチーム制によるセーフティー・マネージメント−」と題して講演して頂きました。
 先生は講演の中でセルフマネージングチーム制の特徴についてふれ,このチーム制によって安全設計と診療プロセスに患者(妊産褥婦)自身を参画させることが可能となり,有効なチーム機能が強化されつつあると報告しています。
 教育講演4では聖マリアンナ医科大学小児科教授堀内勁先生に「カンガルーケア−新しいいのちと響きあうとき−」と題して講演していただきました。
「出産した直後の母親は喪失感と疲労感から茫然とした状態になります。その時我が子を抱き,重みを感じ,匂いを嗅ぎ,目で見,声を聴くと,次の瞬間出産の体験が達成感と共に喜びに変わっていきます。こうした体験が新しいいのちとの響きあいであり,カンガルーケアなのです。」と話されておりました。実に感動的なシーンではないでしょうか。
 教育講演5は「10代の妊娠の現状」と題して自治医科大学産婦人科助教授渡辺尚先生が講演されました。栃木県は10代の妊娠率は全国でもトップクラスにあり,県民にとっても深刻な問題であります。

 またシンポジウムでは現在「健やか親子21」が推進中であることから「妊娠・出産に関する安全性と快適さの確保」と「不妊・不育患者の支援」を企画し,演者とフロア間でホットな討論が行われました。
 次にシンポジウム2とはサテライトシンポジウムではわが国の社会問題の1つとして大きくクローズアップされている性教育問題を取り上げ,前者は日頃草の根運動的な活躍をされている人達によって,後者では私が主任研究を担当している厚生科学研究(望まない妊娠,人工妊娠中絶を防止するための効果的な避妊教育プログラム開発に関する研究)の主要なメンバーによって色々な視点からの発表があり,活発な議論が行われました。
 今回岩崎理事長がシンポジウムに先駆けて「性教育に関する提言」と題して理事長講演をされておりますので会員は性の問題に関して本学会で大きな収穫があったものと思います。
 さらに教育シンポジウムでは「母性と子宮頚癌」と題して,確実に低年齢化していく子宮頚癌の発生のメカニズム等について,わが国を代表する専門家から,難しい内容を極めて分かりやすく解説していただきました。

 私は会長講演で「周産期医療の現況と課題」と題して栃木県の周産期医療を中心に解説致しました。

 本学会は幸い天候にも恵まれ,400題を越す一般演題も演者とフロアが一体となって活発な討論がなされました。そして来年の木下会長のもとでの第45回での再会を誓って学会は無事終了しました。