平成15年8月11日放送
  第105回日本産科婦人科学会関東連合地方部会を終えて
  日本産科婦人科学会第105回関東連合地方部会会長
  東京女子医科大学産婦人科学教室教授 太田 博明


 この度は第105回日本産科婦人科学会関東連合地方部会総会および学術集会を東京地方部会の担当で,東京女子医科大学産婦人科学教室が15年ぶりに開催させていただく機会を頂戴致しまして,誠に光栄に存じますとともに,会員の皆様に心から御礼申し上げます。

 都市センターホテルにて開催致しました本学術集会には,ご多用のところ,1170名もの先生方にご参加の上,熱心なご討議をいただき,お陰様にて盛会裡に終了することができました。これもひとえに先生方の多大なお力添えの賜物と深く感謝致しております。

 私どもの産婦人科医療は,他領域に比べても,その進歩・発展には著しいものがあり,日夜その修得に追われておりますが,医療の現場では,旧態依然とした環境にて,厳しい就労環境にあり,アミニュティーは貧弱そのものといえるかと思われます。これらの厳しい環境を乗り越え,これからの産婦人科医療を担っていただく若い先生方に,本学会を通じて,産婦人科の将来に夢と希望を少しでも感じ取っていただきたいとの願いをもっておりました。そこで,貴重な日曜日に一日出席いただければ,ご自分で勉強すると何日分もかかる資料を,この学会では3000円と廉価でご提供し,将来に対するモチベーションにつなげていただくことを願ってプログラムを企画させていただきました。

 以下,当日のプログラムについて少々ご説明と解説をさせていただきます。
 特別講演は2題ご用意し,午前の部は私の司会により「産婦人科臨床のためのQOL評価」のテーマにて,午後の部は新家先生の司会により「包括評価の問題点と将来展望」のテーマにて,慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室の池田俊也講師と,厚労省保険局医療課 西山正徳課長に各々ご講演をお願い致しました。

 池田先生は上司の池上先生ともども,疾病非特異的QOL尺度としてSF-36とともに2大頻用されているEuro QOL(EQ-5D)をわが国に紹介した方で,わが国におけるQOL研究の第一人者の一人であります。

 医療を行ったことによる成果は,医師や医療従事者からの評価であるADL(activities of daily living scale:日常生活動作)を従とし,患者がこの評価であるQOL(quality of life:生活の質)を主とする時代になっています。QOLの最大の特徴は,患者さんの視点に立脚して行われることにあります。ちなみにADLもQOLに近いようにみえますが,決定的な違いは,ADLが第三者の観察者を介して測定されるのに対して,QOLは患者さんの健康度やこれに起因するADLを患者さんから申告していただくところにあります。すなわち,患者さんの視点から捉えた満足感なしでは医療サイドの自己満足でしかないことは自明の理であります。そこで,このQOLをいかに抽出し,その結果をいかに活用するか?,それがまさに医療政策であるといえます。
QOL評価から何が得られるかというと,
  1.治療方針の決定が可能となります。
  2.治療を評価できます。
  3.治療ガイドラインやクリニカルパスの作成ができます。
  4.院内採用医薬品を決定することにも使えるでしょう。
  5.医療政策上の判定,
 すなわち,保険償還の可否や価格設定すらも可能となるといいます。産婦人科関連では,現在,子宮内膜症,悪性腫瘍,更年期障害,骨粗鬆症などで一部QOL評価が行われていますが,疾病特異性をもつとともに,産婦人科特有のQOL評価尺度についても今後検討する必要があるものと思われます。

 次に包括評価については,ご多忙の中,担当課長である西山先生が直々に私ども会員に講演下さり,現時点での本評価の問題点について言及するとともに,将来展望についてもご講演いただきました。

 包括評価の本来の目的は,医療の質の向上と医療の効率化にあるといえます。この両者は一見相反すると考えられがちですが,決してそうではなく,同一線上にあると考えるべきでしょう。この評価により,新たな診療報酬支払い制度が本年4月から大学病院に導入され,DPC:diagnosis procedure combinationと称されています。この制度は技術料中心の出来高評価と入院料中心の包括評価を組み合わせた支払い方法で,これにより,いわゆるドクターフィーと,ホスピタルフィーを分類することも可能になったわけです。また,ICD-10による診断群分類毎の支払い方式が導入されました。このことにより,疾患毎の在院日数や医療毎の施設間比較が可能になりました。また,検査や材料,さらには医薬品などの使用が適正化されれば,損益を減らし,収益を増やすことも可能といわれています。この制度の導入により,必要な医療が抑制されるのではないかという懸念もありますが,そのようなエビデンスが実際にあれば,その部分は出来高評価にすることも考えているといいます。つまり,ドクターフィー的要素を加味することも考慮に入れているといいます。いくつかの問題点を抱えていることも事実ですが,医師や施設によるバラツキを適正化・標準化することによって,わが国の医療の質の向上と医療効率の促進を図ることが真の目的ですので,この制度を意義あるものとして私ども自身が発展させていかなければならないと思われます。

 シンポジウムでは,治療法をもう一度考えてみようということから,古くからの考え方が,新しい考え方の導入により変わってないのかどうか再確認することの必要性があるのではないかと産科系と婦人科系で2つ組んでみました。2つのシンポジウムは同時進行で行ったため,両方とも聞きたかったという声がなくはありませんでしたが,時間の関係から,同時進行にせざるを得ませんでしたことを,改めてお詫びしたいと思います。

 シンポジウム1は中村先生の司会の下,「子宮筋腫の治療を再考する—妊孕性温存を含めたQOLの改善を目指して—」を取り上げさせていただきました。子宮筋腫の治療もGnRH agonist療法などの薬物療法から,手術療法としても,ラパロスコープ下筋腫摘出術,TCR(trance cervical resectomy:経頚管的切除術),UAE(uterine artery embolism:子宮動脈塞栓術)など,子宮摘出することなく,妊孕性の温存を含めたQOLを失うことのない各種の方法があり,また選択肢も拡がっています。情報の氾濫する現代社会において患者さんが迷うのも無理はありませんし,セカンドオピニオンやサードオピニオンを聞くこともやむを得ないかと思われます。また,私ども医療サイドにおいても各種の術式を行うことが可能な施設であればあるほど,どの術式を選択するか迷うところであります。このことは子宮筋腫の治療もいよいよTailoringができる時代となりつつあるということを意味するのではないでしょうか?各々その道のエキスパートの1人である綾部先生,井坂先生,林先生,安藤先生にシンポジストとしてお話しいただき,それぞれの術式にはそれぞれ適応があることがよく判りました。画像診断も最近急速に進歩していますし,それらを駆使することによって,子宮筋腫の病態もsubgroup化が可能になってきましたので,適切な術式の選択が必要とされています。このようなシンポジウムを通して,近い将来,子宮筋腫の治療法もガイドライン化が可能ではないかと思っています。

 またシンポジウム2では,木下,山本両先生の司会の下,「妊産婦に対する薬物療法を再考する—有効性と安全性の確立を目指して—」を取り上げました。

 林先生には,虎の門病院での妊娠と薬相談外来で行っている薬物の催奇形性評価,催奇形の危険度の高い薬物は何か?,妊娠および胎児への有効性と安全性の根拠情報を有する薬物とは?,さらには妊婦カウンセリングの実際についてご紹介いただき,わが国の臨床における薬剤の催奇形性についてお話しいただきました。次の高木先生には切迫早産に用いられている子宮収縮抑制剤についての意義と有効性は,早産あるいは切迫早産には原因や病態が異なるので一律に論ずることができないことから,最近行われた多施設共同による切迫早産実態調査の結果についてご報告いただきました。結論として,リトドリン点滴は切迫早産治療において有用性が示唆され,米国では長期投与によるメリットは少ないと考えられていますが,この調査結果からは長期投与においても治療効果が期待されるというものでした。

 また松田先生は,わが国においては保険適応がなく,いわゆる未承認薬の1つとされている出生前ステロイド投与の有効性についてお話しいただきました。単回投与は確かに有効性があるが,繰り返し投与に関しては有効性は実証されておらず,米国においても,研究領域のレベルにあるといわれており,コンセンサスはなく,現状においては単回投与にとどめるべきであろうというものでした。

 最後に古川先生からは「薬剤投与に関する法的諸問題」というテーマでお話をいただきました。医師が医薬品を使用するに当たって添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定されるとの判例があるとのことです。また,当該疾患に対する使用が厚労省により認可されていない薬剤の投与でも,患者に対して直ちに違法となるわけではないとされています。標準的治療法の確立していない種類の疾患に対しては,十分な医学的根拠がある場合に限り,その疾患に適用が認められていない薬剤の使用も許されるといいます。さらに治験段階の被験薬の場合については,特にプロトコール中被験者保護の見地から定められた規定に違反する行為は,特別な事情がない限り,違法と評価されるとの判例があるといいます。このように薬剤投与による健康被害に関する医療側の責任について,法的なお話をわかりやすくご講演いただきました。

 ランチョンセミナーは6テーマご用意させていただきました。産婦人科領域のほとんど全てを網羅すべくテーマを選定致しましたので,少なくとも1つは興味を引くものがあったと思われます。そのため,各会場ともほぼ満席の盛況にてご満足いただけたものと思っております。

 落合先生には「最近のクリニカルトライアルから学ぶ卵巣癌化学療法」のテーマにて,最近のクリニカルトライアルを取り上げていただき,卵巣癌化学療法の課題と今後の展望について概説いただきました。関先生からは「ART進歩の現状と未来予測」とのテーマで,近年,格段の進歩を遂げている生殖補助医療の現状から,将来的な展望まで最先端のお話がありました。さらに若槻先生からHERS/WHI以後評価が変わったHRTについて,特にCVDに関して,どういうことから何が問題点になっているのか?そしてその対処法は?といった内容で今後のHRTのあり方について述べていただきました。川滝先生には,「胎児心エコー講座」と称して“簡単な胎児心スクリーニング法”について,多数の画像を駆使し,実例を上げながら,専門性を有する心疾患の胎児診断について,四肢断面と流出路から,重症心奇形の75%以上がスクリーニングできるとの実践的なお話をいただきました。

 堀口先生の「女性のメンタルヘルスケア」では,今後増加が予想される環境の変化やストレス因子として働く心理社会的要因は女性の健康に著しく影響するので,産婦人科医は日常診療の中で常にメンタルヘルスケアーを念頭においた対応が必要であるというお話をいただきました。さらに安達先生には「低用量OC発売4年の現状—月経困難症と子宮内膜症に対する効果を中心として—」にて,生殖期年代の女性におけるQOLや社会生活に多大な影響を与える子宮内膜症や月経困難症に対しての低用量OCの有効性に関するアンケート調査結果から,日米比較についても講演いただきました。

 東京開催の今回も一般演題は全てポスター講演とさせていただきました。165題と多数の演題をいただきましたので,9会場制をしきましたが,どの会場も,熱気あふれる活発な討議がなされていました。今回は座長に加えて,コメンテーターも加わっていただき,ポジティブなコメントをお願いしましたことがよかったのかもしれません。

 いずれにしろ,会員の先生方のご指導とご支援により,学会を盛り上げていただいたことに感謝の気持ちでいっぱいであります。特に今回は日常診療に密接な話題を提供させていただいたつもりでおりますが,産婦人科医療は今後ますます面白くなることは必至であることを,特に若い研修医の先生方にご実感いただけましたら幸いです。会員の先生方のご参加を心から感謝いたします。ありがとうございました。