平成15年8月4日放送
  助産婦さんへのアンケート調査結果
  日本産婦人科医会医療対策委員会委員長 可世木 成明
 

 産科におけるサービスには「安全な医療、アメニティ、心のケア」の3要素がある。医療施設は今後「安全で快適な出産」のためには患者さんの心のケア、母と子の繋がりを重視すべきと思われる。
 厚生労働省の統計では助産所の扱う分娩は1%強に過ぎない。助産所は高度医療化の波に消える運命にあると考えられていたが、最近比較的若い世代も増えており新規開業も少なくない。マスコミの報道やテレビドラマなどでも自然分娩、自宅分娩を礼賛する風潮がある。助産所に根強い人気があるのは、料金が安いこともあろうが、妊産婦の立場に立った快適な分娩に取り組んでいることも評価されているのであろう。その陰には患者の病院・診療所の施設分娩に対する幻滅、助産師からの批判があり、その意見は我々産科医が傾聴すべきことが多い。
 いっぽう助産所には「安全な医療」に関して問題点のあることも否定できない。国民のためのより良い医療、「安全で快適なお産」を守るために産科医療施設と助産所がお互いに協調することが必要と考えられる。
 そこで医療対策部では助産所の問題を取り上げ、開業助産所の実態について日本助産師会の皆さんのご協力を得て調査を行った。そして問題点の把握とよりよいシステム作りのために助産所に対する支援の検討と提言を行った。報告書は各支部に送られており、またデータの一部は日産婦医会報平成15年1月号「医療と医業特集号」に掲載されているので、ご覧願いたい。
 なお、本調査の時点では助産婦の呼称が用いられていたのでアンケートのタイトルなどはそのまま表記した。

 今回の調査は平成13年10月から11月の間に、全国助産婦会から推薦された開業助産婦さん438名に無記名で回答を依頼した。回収数は236件、回収率:53.9%であった。

1. 調査結果

  1. 本人に関する項目
    地域としては都市部および近郊が90%を占めていた。
    年齢および経験年数:70歳代が3分の1を占めている。そしてそれ以下は比較的均等に分布していた。(図1)
    開業してからの年数は26年以上のベテランが41%を占めたが、10年以内の年数の短い層もほぼ同数であり2極化しているのが明らかになった。(図2)

    (図1:助産師の年齢)


    (図2:助産所開業の年齢)
     
  2. 妊娠・分娩管理について
    妊娠期間中の健診回数は医療施設における標準的な受診回数と比較してやや少ないように思われた。  
    全体の31%が超音波断層法を行っているが、これは医療施設に依頼したものも含むと考えられる。
    妊婦一人当たり健診の時間は、45%が40分以上とかなり時間をかけて健診している。
  3. 分娩中の処置(表1)
    表1:分娩中の処置のまとめ(%)
    あ り その他 な し
     血管確保 76.0 0.0 24.0
     分娩誘発・促進 7.7 0.0 92.3
     分娩監視装置 24.3 0.0 75.7
     会陰切開の有無 5.2 0.0 94.8
     会陰裂傷縫合 53.8 19.1 27.1
     子宮収縮剤使用 76.5 0.0 23.5

    分娩時、分娩監視装置を使用するとの回答は24%にすぎなかった。
    分娩誘発・促進を行っているのは8%と極めて少ない。その16施設中7件は助産師が注射を行っている。
    分娩中に血管確保ありは24%。
    会陰切開を行っているのは5%に過ぎなかった。
    会陰裂傷の縫合は有りが164件、無しが60件であった。縫合有りの場合、医師を呼ぶが13件、クレンメなどが43件であった。
    また、会陰裂傷は作らないとの回答が6件あった。
    異常出血時の対応として子宮収縮剤の投与ありは77件であった。
    子宮収縮剤投与、裂傷の縫合、血管確保は過半数の施設で行われているが、分娩監視装置の使用頻度は低いとの結果であった。

  4. 年間取扱い妊娠・分娩数は図3のごとくであった。過半数が月1−5例である。
    分娩費用:20万円以下が回答の64%を占めた。
    総費用は25万円以下が15%、25−35万円の群で72%を占めた。
    医療機関に比べてやや安いのではないか。
    初産・経産の割合は圧倒的に経産が多い。
    経産の場合前回の出産は助産院でなく病・医院であったとの回答が3分の2であった。助産所におけるリピーターよりも病・医院から流れる方が多い。

    (図3:年間取り扱い妊娠・分娩数)
  5. 施設分娩との比較についての意見
    a.助産所の長所
     リラックスして家庭的であり、患者さんの希望に沿ったサービス、きめこまかい指導ができる。
     無理のない自然分娩で余分な医療行為をしない。
     家族や子連れで入院出来る。
     母乳指導がよくてお乳が良く出る。母児同室が良い。
     食事がうまい。待ち時間が少ない。
    b.助産所の短所
     急変時に医療行為は嘱託医などに依頼するため遅れる。
     休日に医師と連絡とれない、忙しくて来てもらえない。
     医療行為が出来ない、薬が使えない、保険がきかない。
     サービスに関する限り短所は全くない。
    c. 患者さんから病院・診療所での分娩に対する不満にはどのようなものがあるか。
     この設問には多数の回答が寄せられた。患者さんの意見のみならず助産師自身の考えも含まれているものと思われる。
     説明が不十分であり、医師に質問できない。忙しい、怒られた、返事が冷たい。誰に聞けば良いのか分からない。
     同一の医師に継続してみて貰えない。職員間の指導、説明の不一致。
     待ち時間が長く診察時間が短い。
     会陰切開の不満。説明無く切開される。簡単に帝王切開されてしまう。すぐ薬を使う。
     乳房のマッサージが不十分。母乳指導が不十分ですぐミルクにする。
     出産後すぐに赤ちゃんと離された。母児異室である 。
     家族がそばに付けなくて、陣痛室や分娩台でひとりぼっちにされてしまう。分娩監視装置で身動きが出来ない。
     「冷たい、恐い、放っておかれる」というイメージが出来上がっている。日頃患者サービスに努めている医療施設の医師・助産師にとっては不当な批判と思われようが、今後心のケアを重視する医療施設にとって、サービスの見直しのために参考とすべきであろう。
    d. 契約医師、産婦人科施設、周産期医療システムに対する要望
     感謝している、現状で可との回答が23%であった。
     嘱託医制度を充実してほしい。近くの病院に嘱託医となってほしい。
     緊急時の薬剤使用許可をもらっておきたい。
     助産所の立場を考えて患者・家族への対応に気を付けてほしい。
     紹介システムを望む、救急センターが欲しい。医師・助産師・助産所のコミュニケーションの場が欲しい。
     搬送は原則として契約医師を介して紹介状が必要となっているが、診療後という時間のロスが惜しいので、急変時に高次医療施設に直接搬送できるシステムが欲しい。
     地域の救急医療システムに助産所も組み入れて欲しい。

2.助産所に対する支援の検討と提言

 助産所の問題点として心配されるのは「安全な医療」の問題である。各種の情報で多数の問題症例が挙げられた。助産所ならずとも開業医で起こりうるケースもあると思われるが、適切な手が打たれず手遅れになった例、搬送先とのコミュニケーションの不足、助産師の勉強不足などが指摘された。時間の都合で詳細は省略する。

  1. 助産所に求められる姿勢
    保助看法による助産師の業務は正常な助産に関することであり、医療行為は原則として医師の監督下に行われなければならない。
    検査については、超音波検査、分娩監視装置によるスクリーニング検査を行うことが許されているが、医学的確定判断は医師がする。NSTによるfetal distress の診断は医学的判断であるため法律上は助産師の業務を超えることになるが、逆に胎児の異常徴候の判断が出来なければ社会的責任を問われる可能性が高い。
    医学的管理が必要と判断される妊婦のリスクを早期に発見し、医師による診断と治療にゆだねることが助産師の重要な責務である。
    助産所では医療措置ができない以上、病院以上に患者さんを選択する必要がある。ハイリスクをスクリーニングすることが出来るように診断技術の向上に努めてほしい。
  2. 助産所支援の検討
    助産所の機能を改善するためには「安全な医療」の確保が重要である。
    助産所は医療施設と区別されているために周産期緊急医療体制から外れてしまっているのが現状であるが、今後はこれに組み込んでいく必要があると考えられる。正式に協議会に加わることは必ずしも容易ではないかも知れないが、オブザーバーとしてでも協議に参加の道を開き、教育のためにもカンファレンスにも参加すべきであろう。そこで安全・非安全の見極めを十分に教育することが重要ではないだろうか?。
  3. 最後に契約医師の問題を取り上げる。
    契約産婦人科医師について、助産所開業時に嘱託医師を届け出ることになっており、医療法第19条により規定されている。
    今回の調査で契約医師無しが9件、1− 2人が76%であった。
    契約産婦人科医の年齢は40−50歳代が過半数を占めている。
    契約産婦人科医の28%が現在分娩を取り扱っていない医師であった。
    契約に経済的な裏付けのあるのは18%に過ぎず、医師の無償の好意に頼っているものと思われる。契約の確認は、52%が口頭による依頼であった。
    契約医師との意見交換は結構されており、業務内容の説明も88%が行われていた。
    医療側からは責任の所在がはっきりしない、助産師から嘱託医に診療内容が伝達されない、患者や家族に説明した事項が契約医に伝達されないなど種々の問題点が指摘されている。
    嘱託医師については以下のことが望まれる。
     ・必ず契約書をもって行い、その内容を文章で明記する。
     ・嘱託医師は産婦人科医とする。
     ・嘱託医師は2人(2施設)以上とする。
     ・提携診療所・病院は緊急に対応できる距離にあることが望ましい。
  4. 嘱託医委嘱契約書(案)
    我々産婦人科医が嘱託医となり“分娩時の安全”を確保し、責任を持って助産所をサポートするためには、契約内容を明瞭に規定する必要がある。そこで弁護士の指導の元に、契約書の案を作成した。詳細は日産婦医会報、平成15年1月の医療と医業特集号5頁をご覧頂きたい。

3.以上調査結果から

  1. 助産所の実態が明らかになり、長所のある反面、緊急時の対応に問題のあること、嘱託医師の制度が充分に機能せず、高次医療施設への搬送にも問題の多いことが判明した。
  2. そこで嘱託医師の機能発揮のため契約書の案を作成した。
  3. 総合あるいは地域周産期母子センターを中心とする高度周産期管理のシステムの中に助産所も包含すべきことを提唱した。

 国民のためのより良い医療、「安全で快適なお産」を守るためには医療サイドと助産所がお互いに協調すること、そして産科医療施設が助産所を見守り援助することが必要と考えられる。