平成15年5月26日放送
 新生児聴覚検査スクリ−ニングの手引き
 東邦大学医学部新生児学教室教授 多田 裕


 近年、新生児の聴覚スクリ−ニングが関心を集めています。日本産婦人科医会の会員の先生の中には、すでにスクリ−ニングを実施しておれれる先生もおられることと思います。

 スクリ−ニングの性格上、新生児の聴覚検査を実施した場合、異常がある症例を見逃さないためには、ある程度の擬陽性は避けられません。本当に聴覚に異常がある場合でも、出生直後に聴覚異常の疑いがあることを告げられた両親の悲嘆は計り知れないものがあります。その上、聴覚には異常がないのに、検査上正常と判断出来なかったために聴覚障害の疑いがあると告げられた両親の気持ちを考えると、一部にはこの様なスクリ−ニングを実施することに疑問を表明される方もおられます。また、聴覚障害が早期に発見されても適切な治療や療育が実施されなければ、早期発見の意味はありません。

 そこで、平成9年度から厚生労働省の子ども家庭総合研究事業の中に東京女子医大の三科助教授を班長とした研究班が組織され、新生児の聴覚スクリ−ニングに関して検討を加えてきました。研究班には産婦人科医、新生児科医、小児科医、耳鼻咽喉科医、聴覚療育施設の専門家などが参加し、新生児聴覚スクリ−ニングの意義や実施方法、問題点などを検討してきました。

 この結果、適切な方法でスクリ−ニングが実施され、確定診断のための精密検査や療育が実施できるならば、早期に聴覚障害を発見することの意義は大きく、現在の検査機器を用いれば有効なスクリ−ニングが可能なことが明らかになりました。このため、厚生労働省は、平成12年度からいくつかの地域を指定してモデル事業を開始し、その成果と問題点を検討しています。

 研究班では、モデル事業の実施の手引きとして「新生児聴覚検査事業の手引き」という冊子を作成し、この度配布しました。

 この手引きには「モデル事業」を開始する上でぜひ知っておくべき知識が詳細に述べられています。最近ではモデル事業の実施地域以外でも、独自に病院や産科診療所で新生児の聴覚スクリ−ニングを実施している所が多くなって来ていますが、この「新生児聴覚検査事業の手引き」を、是非検査を実施する上での参考にされる様おすすめします。

 この冊子は、希望者全員にお配りする程の数は用意してありませんが、日本産婦人科医会の各支部には配布されていますので、必要な方はお問い合わせ下さい。

 それでは、「新生児聴覚検査事業の手引き」の内容を簡単に紹介してみます。 

手引きでは、先ず「新生児聴覚検査の意義」が解説され、「新生児聴覚検査から確定診断、早期支援のながれ」も明らかにしています。ついで、「スクリ−ニングを含む新生児聴覚検査の具体的な実施方法や検査結果の解釈の仕方、精密検査の方法、実施時期」などの解説があり、「早期支援の方法や施設」も紹介されています。

 モデル事業では、都道府県あるいは市町村は各領域の専門家の参加を求めて「協議会」を設置し、この協議会の監督下に事業が実施されるので、各施設の役割分担と協力関係がはっきりしています。

 現在はモデル事業で検討が進められている段階であり、各分娩施設がスクリ−ニングを実施しなければならないわけではありません。しかし、適切に新生児聴覚スクリ−ニングが実施され、早期の療育が開始された場合には意義が大きいことが明らかになるに従い、検査を希望する両親が多くなっているので、モデル事業以外に検査を実施している施設も増えてきています。この様な施設独自にスクリ−ニングを実施している場合でも、検査で異常の疑いの症例が出た場合には、「新生児聴覚検査事業の手引き」にある様な事後の対処が出来ないと、両親の不安ばかり増強することになってしまい、問題が生じる可能性があります。

 そこで、スクリ−ニングを実施する上で注意すべき点をあげてみます。

まず、スクリ−ニング検査が正しく実施され、両親に正確な情報を提供することが必要です。現在、多くの施設で使用されている聴覚スクリ−ニングの機器は、聴性脳幹反応を記録し、その結果を自動的に判定する自動ABRですが、これより価格が安い耳音響反射を検査し、結果を自動的に判定するスクリ−ニング用のOAEも使用されています。

自動ABRによる検査では、脳幹部までの音の伝達に異常があるかが判定出来ますが、OAEでは内耳からの反射を見ているので、聴覚神経や脳幹部の異常は発見出来ません。神経に異常がある場合にはOAEでは異常を発見出来ないことなど、検査上の特徴を良く理解しておくことが必要です。

 自動ABRでも、スクリ−ニング用のOAEでも、検査で正常な反応が認められた場合には「パス」として結果が表示されます。検査で「パス」と判定が出来なかった場合には「リファ−」と表示され、再検査が必要であることを示します。再検査でも「リファ−」であった場合には、OAEでの検査では自動ABRでの再検が必要であり、これによっても「リファ−」の場合には、専門機関での精密検査が必要です。

 スクリ−ニング検査で「パス」の結果が出た場合には、その時点では、赤ちゃんの内耳や脳幹部は音に正常に反応していることを示しています。一方、「リファ−」は、検査の上で正常な反応が見られないことを示し、聴覚に異常がある場合もありますが、検査の上でノイズがあって結果が判定出来なかった場合や、検査の音が上手く外耳道、鼓膜、内耳、聴覚神経と伝って脳幹部に達しなかった場合にも「リファ−」となります。外耳道に分泌物があったり、内耳に液体が貯留している場合などにも「リファ−」となることがあり、「パス」と異なり「リファ−」は、「聴覚検査の再検が必要です」ということを示しているに過ぎません。

しかし、先天性あるいは新生児期の聴覚障害の発生頻度は1,000出生中に1ないし2名とされ、マススクリ−ニングで検査している他の疾患に比べると、難聴の発生頻度は高いので、「リファ−」の中には聴覚障害の児が含まれていると考え、再検しても「パス」が出なかった場合には、精密検査が出来る施設に必ず紹介し、聴覚に異常があるか否かを検査して貰う必要があります。

 新生児期や乳児期早期に聴性脳幹反応やその他の精密検査で聴覚障害が明らかになった児は、生後6ヶ月頃から補聴器を装用して療育が開始されます。補聴器を用いても療育の効果が十分でない程高度な難聴を有する児には、後に人工内耳埋め込みの手術が行われることも多くなってきました。

しかし、新生児期や乳児期早期に精密検査で難聴と診断された児の中に、後に聴覚が発達して正常と判定される児も経験されるので、難聴の診断には慎重である必要があります。

 新生児期のスクリ−ニングで「リファ−」であっても、精密検査では「聴覚は正常」とされる児の方が多い程であることなどを考えあわせると、スクリ−ニングで「リファ−」となったからと言って、「聴覚障害の疑いがある」と伝えるよりは、「聴覚が正常と判定出来なかったので、精密検査を受けて下さい」と伝える方が正しいと思います。

 精密検査の実施のために紹介すべき施設を予め決めておくことも重要です。

また、OAEでのスクリ−ニングで「リファ−」となった場合、全てを精密検査機関に紹介すると例数が多くなるので、自動ABRの検査を実施する必要があります。さらに、聴覚障害が疑われた場合には、難聴が確定し療育が開始される生後6ヶ月頃までの両親と赤ちゃんへの対応も重要です。

 これらの点からも、スクリ−ニングを実施する産婦人科医と新生児科や小児科の医師との連携が重要です。スクリ−ニングで「リファ−」が出た場合の対応について、耳鼻咽喉科と同時に、小児科とも予め連絡をとっておくことが望ましいと思われます。

「新生児聴覚検査事業の手引き」をこうした準備にも役立てて頂ければ幸いです。