平成15年2月10日放送
 分娩取り扱い中止に伴う諸問題-アンケート結果
 日本産婦人科医会医療対策委員会副委員長 小関 聡


はじめに

 産婦人科医の高齢化が進み、分娩取り扱いを中止する施設が相次いでいます。同時に、産婦人科医業の形態も「分娩を扱うことが産婦人科医の王道」とされたかつての考え方から脱却し、様々に変化しつつあります。
 日本産婦人科医会医療対策委員会では、今後の産婦人科医業のあり方を考える目的で、分娩取り扱いを中止した会員が中止の前後で直面した問題を調査しましたので報告いたします。

対象

 調査の対象は、平成8年11月から平成14年2月までの間に分娩取り扱いを中止した9都府県の本会会員です。対象者324名に無記名アンケートを発送し、123通の有効回答がえられました。

結果

以下にその結果を述べます。

1.中止時の年齢  

 分娩取り扱いを中止した時の年齢は、最年少41歳、最年長81歳、平均64.4歳で、一般病院の定年65歳とほぼ同じでした。

2.中止の理由

 中止の理由は複数回答になりますが、単独では「精神的ゆとりを持ちたい」が66件でトップ、次いで「体力の限界」が57件でした。年齢別にみると59歳以下では「精神的ゆとり」が目立ち、60代では「精神的ゆとり」と「体力の限界」が同数、70歳以上では「体力の限界」が増えます。この結果から、産婦人科医は「身体的限界」よりも「精神的限界」を先に感じることが言えます。いかに分娩が重圧になっているかが判明しました。
 また、採算上の理由が55件、スタッフの不足も48件と多数みられました。これらには、本人はまだ続けたいという意思がある場合も含まれ、中止が惜しまれます。

3.何年位前に中止を決断

 中止を決断した時期は、平均2.3年前でした。最大は10年前から、最小は0年で怪我や病気など健康上の理由です。

4.中止直前、直後の標榜科目

 次に標榜科目について述べます。全123件のうち中止前から内科31件、小児科28件、その他の科15件(重複あり)を併せて標榜していました。中止前から他科を標榜していたことは、本人の意図に関係なく、結果としては中止後の活路を事前に作り出していたことになりました。
 一方、中止後もこの数字にあまり変化はありません。ほとんどの回答者が婦人科の中で活路を見出そうとしているのです。逆説的な見方をすれば、他科を標榜し新たな分野に踏み込むことは、前もって十分な準備が必要で、安易にはできるものではないと言えます。

5.分娩件数の変化

 分娩取り扱い件数の変化をみると、最盛期には年平均317.4件の分娩があり、中止直前121.3件の2.6倍でした。中止直前では回答者の過半数が年100件未満、週平均1~2件という状況で、中止の理由に採算の問題を挙げたのも納得できます。

6.中止前後の外来患者数

 1日平均外来患者数は、最盛期62.2名、中止直前36.2名、現在26.8名で、中止直前を1とすると、最盛期1.72、現在0.74です。特に現在となると回答者の約半数の58件が24名以下で、厳しい現状が垣間見られます。

7.中止前後の病床数

 中止前、平均11.4床であった病床数は、中止後は届出上6.4床、実稼動病床数2.7床となっています。中止後もほとんどが有床のままです。悪阻入院などに活かせるのが強みであるのに、事実上稼動なしが35床もあります。

8.中止に伴い入院、分娩施設は

 中止後の入院施設はどうなったかを調べますと、92施設(75.8%)がそのままの状態で、手を加えられていません。高齢になるほど大規模投資は減少するであろうと考え、年齢群別に分けて解析しましたが、年齢には関係ありませんでした。

9.外来の再整備

 外来の再整備でも、改築や大規模な改造は11件(8.9%)に留まります。しかし、入院施設の場合とは異なり、59歳以下では大規模改造を行った施設の割合が倍に跳ね上がります。

10 .収益(純益)中止直前の年と比べて

 純益に関しては、各施設の中止前後の比較による調査を行いました。
1) 最盛期 
最盛期には、全体の55.3%が中止直前の2倍以上の、74%が中止直前と同等以上の純益がありました。
2) 直後
中止直後の純益は、変わらない〜1.5倍以上が17件(15%)でした。支出減少による収益改善や、中止前の計画的、集中的な設備投資などにより経営的に小康を保ったと考えられます。
3) 現在
現在では、変わらない〜1.5倍以上が16件あります。引き続き支出減による場合もありますが、中止後の努力による盛業も含まれます。分娩を中止すれば利益は減るのはやむを得ないと考えれば、増益から25%減までは、中止の影響なしといえるでしょう。しかしこれらに属するのは全体の約25%に過ぎません。

イ 中止後外来診察で力を入れた分野と純益の関係
 中止後外来診察で力を入れた分野と純益の関係をみてみました。前述のように、分娩を中止すれば純益は減るものと考え、「変化なしの群」〜「25%までの減少の群」を「影響なし」と、「75%減少した群」を「激減」、その中間を「中等度に影響あり」、そして「増加」の群と分類しました。そして、力を入れた分野を、産科健診、婦人科健診、その他の科の健診、不妊治療、HRT、介護に分けてそれぞれの関連性をみました。
 中止直後は、どの分野においても総数の約6割で、中等度以上の純益減です。数年後の現在は、その度合いが進行しています。特に婦人科検診やHRTに力を入れた群では、激減に転じた件数が増えています。つまり婦人科検診やHRTだけでは、余程の工夫をしなければ経営的な安定を望めないということです。
 同様の傾向は、当委員会が平成10年に行った新規開業施設に対する調査でも認められています。両調査により、婦人科検診やHRTだけでは新規開業施設も、既に分娩で開業の地位を築いた施設でも、相当な努力が必要であることが明らかになりました。
 一方「他科の健診」「不妊治療」に力をいれた施設では、「中等度の影響」を受けた件数は多いものの、「激減」となった件数はあまりありません。「介護」に転じたのは全部で3件に過ぎませんが、うち2件は増益に転じ「激減」はありません。

ロ 中止後の産科健診の形態(どのような紹介システムを採っているか)と純益との関係
 産科健診の形態と純益について、もう少し分析してみました。オープン・セミオープンシステムを採用している施設では中止直後、現在ともに激減となった施設は1件もありません。これに対し同システムを採用していない群は、中止直後はそれほどではないものの現在は減少に転じたケースがみられ、激減となった施設も少なくありません。  
 その理由を考察してみました。前者では、診療所医師と病院医師とのコンタクトもよく異常時の対応がスムーズにいくため、妊婦が安心して通院でき、患者数の増加につながること、分娩立ち会いなどに対する報酬が支給される場合もあることなどが考えられます。明らかに有利な状況であり、今後推進すべきシステムの一つと思われ。機会を改め、対象数を増やして調べる必要があります。

11.従業員、患者への通知

 続いて従業員や患者さんへの対処についてお話します。中止の決断から実行までは平均2.3年であったのに対し、従業員への通知は平均6.5ヶ月、患者さんへの公表は平均6.1ヶ月前でした。

12.退職方法とそれに伴う問題

 従業員退職でリストラの形をとったケースが、46件(37.4%)で最多でした。しかしトラブルになったのは6件(4.9%)と低率で、すべて中止6ヶ月以内に公表した群です。人選そのものに対するクレームは1件だけです。

13.学会、勉強会への参加

 学会などへの参加は「増えた」が「減った」を3倍上回ります。本会会報・日産婦誌、に関しては共に「よく読むようになった」が「読まなくなった」を、やはり3倍上回ります。特に本会会報は中止後の会員の75%が読んでいます。両誌ともに有用な情報源として更に活用されることを望みます。

14.余暇の過ごし方

 63件が旅行や外出の増加、30件が自分の時間を増やせたと回答しています。中止直前、または最盛期の分娩取り扱い数が多いほど、中止後は積極的に外へ出る傾向がみられました。何をしたらよいか分からないという回答は、むしろ取り扱い数が少ない群から出されているのが興味深いです。

おわりに

 今回の調査で、分娩取り扱い中止後も多くの産婦人科医が、引き続き同じ科を続けている現状が判明しました。肯定的に取れば、産婦人科はライフワークとして続けていけるすばらしい科と言えるのです、現状は厳しく、大幅な減益を覚悟しなければなりません。
 しかし、一方では盛業を収める場合もあります。不妊症などの専門領域や介護も含む産婦人科以外の科に積極的に進出したケースや産科健診のみの中でもオープン・セミオープンシステムを採用したケースに多い傾向が見られます。今後の産婦人科医療と医業の方向性を示唆する分野としてさらに検討を重ねる必要性を強調して、締めくくりたいと思います。