平成14年7月22日放送
 「健やか親子21」日本産婦人科医会の取り組み
 日本産婦人科医会常務理事 朝倉 啓文
 

 皆様すでにご承知の通り、「健やか親子21運動」が平成13年より全国運動として開始されています。私達日本産婦人科医会は、テーマのひとつである「妊娠、出産に関する安全性と快適さの確保と不妊への支援」について、日本産科婦人科学会、日本助産婦会、日本母乳の会の3団体と共に幹事団体として、全国の関連団体の舵取り役として、運動を推進する役割を担っています。現在、関連諸団体では平成13年度の取り組みを総括し、取りまとめが「健やか親子21連合協議会」において行われている時期です。

 本日は、私達に与えられた課題「妊娠、出産に関する安全性と快適さの確保と不妊への支援」に対して、日本産婦人科医会母子保健部が中心に行ってゆく基本的な取り組みを概説します。

 平成13年度より、「健やか親子21運動」が開始されましたが、「妊娠出産に関する安全性の確保」については、医会における基本的な事業の基本概念であり新たに立ち上げなければならない事業はほとんどないといっても過言ではありません。ただ、「健やか親子21運動」では安全性の確保に加えて「快適性の確保」が付け加えられている点が新しい視点です。

 「安全性」と「快適性」という2つの言葉の関係については、運動を開始する際に幹事団体でdiscussionを行ってゆく上で、母子保健部では大いに悩んだ問題でした。

 妊娠出産における「安全性」と「快適性」という概念が、同一レベルで具体的に実現される世界が私達にとっては理想的です。しかし、現実に妊娠、分娩においてこの2つは、時には相反する事柄として存在することがあります。分娩を取り扱う者として、日常診療で往々にして遭遇することです。つまり妊婦さんの「快適さ」を優先させ過ぎることはできず、どうしても「安全性の確保」が優先させられるということです。「快適性」にばかりこだわると「安全性」を見失ってしまうことがあります。過去に生じた「水中分娩」による悲惨な事例を見ても明らかです。もっとも、この事件は、助産師も医師も存在しない場所で行われた特殊な事例であり、「快適性」を「安全性」に関する教育を受けた者の存在なしに行うことの危険性を物語っています。

 妊産婦死亡率が100,000人に対して6.1人あるという現状を見ても、さらに死亡率を低くし、不幸な妊婦さんやその家族の発生を防止することから始めなければなりません。つまり「安全性」をさらに確保し、その上で「快適性」を付随させたい というのが、私達医会の基本的姿勢となりましょう。

 一方、世界的には、WHOの分娩に対する勧奨などもあり、分娩は私達が行ってきたScienceを中心においてきたものではなくArtとしての分娩、つまり、人間に優しい分娩の形態、産婦や家族が暖かい情感を共感できるような分娩の場が世界的に求められてきている傾向があるようです。最近の分娩に関する雑誌をみても、このような特集が実に多くなっています。日本においても、妊産婦の人達が従来の分娩に飽き足らなくなってきた現状が浮き彫りにされています。実際、自宅分娩数はここ5年間に徐々に増加し、約1,000名程度多くなってきています。

 確かに、私達、医師が中心となって築き上げてきたpatternaismを基本としてきた分娩様式には、母親や家族、ひいては新生児にとってどれだけ優しさを提供できてきたのか? 反省させられる部分もあり、現在ではinformed-consentに基づいた医療が産科にも求められています。

 このように考えてくると、「安全性」と「快適性」という言葉を二律背反的な言葉として捉えるのではなく、分娩の2つの側面であると捉えるべきでしょう。そして、「快適性」を求める分娩は、安全の確保を第一義的に検証すべきであり、逆に、「安全性」を求める分娩ではどこまで「快適性」の確保が可能であるかどうかを常に検証すべきといえます。

 今後、患者が医療者のsubspecialityにより医師や病院を選別するようになると思われます。このための患者側への情報提供が医療施設に対して求められるようになってきています。産科医療も同様であり、「快適性」を求める分娩と、「安全性」を優先する分娩、さらには病気を有した妊婦で「安全性」を求めざるをえない分娩 の3つに区分され、分娩施設を妊婦さんが選別するようになると考えられます。「快適性」を重視した施設としては助産所・自宅分娩が代表的なものでしょう。「安全性」を重視した分娩は、周産期センター型の分娩が代表です。一般の産科診療所や周産期センターでない産科病院はこの中間に当たる存在になります。

 「快適性」を重視した助産所や自宅分娩では、今後、システムとして「安全性」の確保を行うことが必要不可欠になってきます。先程述べたように、「快適性」を追求する分娩形態が今後、徐々に増加すると思われます。そのような意味から、日本産婦人科医会では、医療対策委員会を中心として、「助産所での出産の現状と搬送の実態調査」を昨年度行いました。そろそろ解析が終わる頃ですが、現在この結果を心待ちにしている状態です。助産所や自宅分娩では、妊娠中・分娩中の適正な母体搬送が「安全性」の確保にとって最も重要になります。現在でも、おそらく適正に医療機関へ母体搬送が行われ、いわゆる医療介入の必要でない低リスクの妊産婦が取り扱われていることと思います。ここ5年間の統計では自宅分娩数は増加していますが、妊産婦死亡は減少しています。この結果は、おそらく「安全性」を確保した自宅分娩が行われていることを示しています。しかし、今後、「快適性」を重視した分娩が増加することを予想するなら、母児の緊急搬送システムの整備が今以上に必要となってきます。緊急の場合、判断する産科医の存在、また搬送先の産科医療施設の存在などがシステムとして求められてきます。この点についての日本の実態調査はほとんどありません。これは、現在の大きな問題の一つでしょう。そういう意味から、先ほどの「助産所での出産の現状と搬送の実態調査」の解析が待たれます。リスクの低い妊婦の分娩における安全性確保のためには施設分娩がいいのか、助産所分娩がいいのかという二律背反的なdiscussionよりも、現在の妊産婦さんの要求や選択の多様性を受け入れ、妊娠分娩経過中での適正なリスク評価に基づいた新しい搬送システムの作製が、助産師と産科医師とも同一レベルで協議されるべきです。

 厚生労働省科学研究として「助産所における安全で快適な妊娠出産環境の確保に関する研究」が昨年度より、青野敏博氏(前徳島大学教授)が班長になり開始されています。この中には「助産所における正常分娩急変時のガイドライン作製」が含まれています。この研究成果によって、「安全性」の確保に繋がることが心待ちにされます。

 一方、産科診療所や産科病院は「安全性」が保たれているかという問題があります。

 この点について、昨年度、母子保健部では日本産婦人科医会の定点モニターを対象として、「分娩の安全性に関するアンケート」を行い745例の回答を得ました。その結果の中で気になっている点のいくつかをお話しします。常勤医が2人以下の施設、深夜帯の看護婦2人以下が60%弱あり、妊産婦緊急状態に対応しうるかという危惧があります。また、妊娠中のNSTは42%の施設では行っていないという回答でした。また、分娩中には血圧測定も脈拍測定も行わないという施設がそれぞれ7%、17%に存在しています。そして母体搬送が必要である時、搬送先が容易にみつかると答えた施設は僅かに47%に過ぎませんでした。今後、解析を急ぐ必要がありますが、母体救急時の対応について十分な対応が可能であるのか、不安に感じられるdataと解釈しています。このような産科医療の実態から、病院側でも病院-診療所間の母体搬送についての「ガイドライン」作製を早急に行う必要があると考えています。

 分娩の「安全性」は残念ながら現在、完全に確立されているとはいえません。しかし、「健やか親子21運動」でも提唱するように、現在の死亡率をその半分程度に減少させることは決して不可能ではないと考えられます。妊産婦の選択により分娩の多様性が増してきた現在であっても、分娩の「安全性」を損なうわけにはいきません。そのために、私達、日本産婦人科医会が担う役割は大きいと考えられます。