平成14年6月3日放送
PKU(フェニールケトン尿症)合併妊婦について
日本産婦人科医会名誉会員・顧問 住吉 好雄
 

 PKU(フェニールケトン尿症)合併妊婦についてわが国の公費による新生児先天性代謝異常症(PKU,カエデ糖尿症、ホモシスチン尿症、ヒスチジン血症、ガラクトース血症の5種類)の疾患のマス・スクリーニングは、1977年から始まり、すでに25年が経過し、現在では新生児のほぼ100%がこの検査を受けております。厚生労働省の統計によれば、1977年から1998年までの21年間にPKUの患者は371名発見率は76,700人に1名となっています。これら371名のPKU患者は低フェニールアラニン食によって知能障害からまぬがれ、順調に発育し最年長者は既に25歳になっています。このうち約半数は女性と計算いたしますと186名の女性PKU患者は知能障害もなく、正常人と同じように発育し、妊娠・出産が現実の問題になって来ています。

 1957年英国のDENTは、治療により知能は正常のPKU女子患者が結婚し妊娠し3人の子どもを生みその子どもが遺伝的にPKU患者でないにも拘わらず3人とも精神遅滞児であったという事実を報告し、以後同様の事実が多く報告されました。
 1966年MABRYによってPKU女子患者の妊娠についてmaternalPKUという語句がはじめて使用されて今日に至ってます。

 PKUの発生頻度がわが国の数倍〜10数倍高率な欧米では、マターナルPKUについての関心も高く1980年にはLenkeとLevy等による国際的な調査結果が報告されています。それによりますと、149人571例の妊娠と416例の子孫の情報を収集し、母親の血中Phe値と胎児の障害の頻度について報告しています。
 それによりますと

  1. 自然流産の頻度は血中Phe値20ml/dl以上の時は24%、16-19mg/dlの時は30%
  2. 精神遅滞の頻度は血中Phe値20mg/dl以上の時は92%、16-19mg/dlの時は73%が、11-15mg/dlの時は22%
  3. 小頭症の頻度は血中Phe値20mg/dl以上の時は73%、16-19mg/dlでは68%、11-15mg/dlでは35%
  4. 先天性心疾患の頻度は血中Phe値20mg/dl以上では12%、16-19mg/dlでは15%、11-15mg/dlでは6%
  5. 低出生体重児の頻度(2,500g以下)血中Phe値20mg/dl以上では40%、16-19mg/dlでは52%、11-15mg/dlでは56%と高率に低出生体重児がみられています。

 これらの報告からみられますように高Phe血症が胎児障害の原因であることは明らかです。高Phe血症の病因については器官形成期に母体から移行する高濃度のPheによって脳や心臓などの発育が障害されるからと考えられていますが、詳細については未解明の点が多いようです。マターナルPKUで死亡した児の剖検所見では、大脳前頭葉、後頭葉などの皮質下白質内に神経細胞が散在する発育停滞の所見が見られ、小脳でも皮質の発育が未熟で顆粒層内にプルキニエ細胞、多核プルキニエ細胞が見られ白質内には神経細胞が散在しているとの報告がみられます。
 大浦らは研究の結果、Phe負荷によるアミノ酸インバランスと蛋白合成障害が脳障害心奇形などを惹起するのであろうとしています。また大浦らは妊娠6週から厳重な低Phe食を与え母体血中Phe10mg/dl以下に抑えたにも拘わらず、重篤な心臓奇形を有し死亡した症例を報告しています。またSmithらも妊娠5週で低Phe食を与え始めたが小頭症と先天性心疾患を防ぐことは出来なかった症例を報告しています。
 従ってPKU女子患者が健常児をうるためには、妊娠前から厳しいPhe摂取制限をおこなって母体血中Phe濃度を十分に低める必要があることが1980年代には定着いたしました。
 わが国でも鬼沢らが1967年にはじめてマターナルPKUの報告を行いその後も10例が報告されており、1988年には大和田らがわが国初めて妊娠前から治療を行い健常児をえた症例を報告し、その後はPKUの計画妊娠が勧められております。

 次にマターナルPKUの管理基準についてお話いたします。
 PKUの診断基準として従来、血清Phe濃度1200μM(20mg/dl)が使用されており、それ以下の場合にはnon-PKUhyperphenylalaninemiaという語が用いられてきましたが、血中Phe濃度を低く保つことがPKUの知的発達に必要であるとの考えが広く受け入れられるようになった為、2001年の教科書では血中Phe濃度が1000μM(16.5mg/dl)以上をPKUとするべきであると記載されています。
 そしてマターナルPKUの管理においては、血中Phe濃度を360μM(約6mg/dl)以下に保つべきであるといわれています。
 Koch,Levy等は1994年国際多施設420例の研究からPKUの婦人で妊娠を計画している婦人は血中Phe濃度を120μM-360μM/dl(2~6mg/dl)維持量とし、適切なエネルギー、蛋白、ビタミン、ミネラルを摂取すべきであるとしています。
 PKU女子患者に食事管理の指導をする際、その必要性と方針を十分に説明し、治療を中断している場合には、2週間前後の入院によって、食事内容を患者自身に把握させる事がたいせつで、治療の中心は、自然蛋白摂取制限と蛋白代替物(PKU治療ミルクおよび低Pheペプチド)の十分な摂取であり、これによって血中Phe濃度が5mg/dl前後に安定した場合にはじめて妊娠を許可するとされています。そして妊娠中には食事療法が適切に行なわれているか否かをしるため頻回に血中Phe濃度を測定する必要があり、そのためには北川日大教授が考案された患者に自己採血した濾紙血を郵送させてガスリー法またはHPLC法で速やかに測定し患者の食事療法の評価を頻繁に行ないながら妊娠経過を観察することが必要です。

 このように、昭和52年に公費負担で始められた新生児マス・スクリーニングで発見され適切な治療により正常人と同じように育ってきたPKU患者が現在妊娠して次世代の子どもを産みはじめておりその母親の出産児に足底から採血した産科医のところに妊娠・分娩で帰って来ています。日本産婦人科医会(日母)ではこの日のために、この疾患を全会員に周知するため昭和51年研修ノートNo8「先天代謝以上の早期発見と治療」を、昭和61年〔新生児マス・スクリーニングの手引き」を、平成3年〔マターナルPKUの手引き〕を刊行し全会員に配布し、本年の日産婦医会報7月号にマターナルPKUノ第一人者の日本大学小児科の大和田先生に学術欄でQ&Aの形でマターナルPKUの治療を中心に解説をお願いしてありますのでぜひ御一読をお願いします。

 分娩に携わる産科医師としては、新生児のときから、治療にあったって来られた小児科医、内科医との密接な連携が重要で、妊娠する前からの血中Phe値を3-9mg/dlにコントロールする厳重な食事制限が必要で各都道府県に産科医の加わった追跡調査委員会を設置し、妊娠の可能性のある年齢の女性PKU患者がどこの病医院でフォローされているか、妊娠前の食事制限はどちらの医師が指導実行させるかなどを十分に話し合い妊娠・分娩に備えることが必要な時期になっております。

 本日はマターナルPKUについてお話させていただきましたが他の代謝異常疾患の女子患者の妊娠・分娩にも遭遇する時期にもなりますのでそれらにも対応できるよう準備しておく必要があると思われます。