平成14年3月18日放送
 産婦人科におけるクリティカルパス
 順天堂大学医学部産婦人科学教室講師 宮崎 亮一郎

 

 最近、米国の医療制度と医療対策が何かと注目されるようになり、時々この言葉を耳にする先生方も多いと思います。私は病院内でクティカルパス推進委員長をしており、その関係で今回のテーマの出筆依頼されました。しかし、先生方にはまだその内容がどのようなものかよく分らない方もおられると思います。ここでは概略について解説させていただきます。

クティカルパス(パス)とは?

 このシステムは、ある疾患群に対して、患者入院説明、指示表、看護記録、退院後指導内容等を作成し、患者にも検査・治療内容を十分に把握・納得してもらった上で、その後の検査・治療を行うものです。今までは患者入院説明、退院後指導内容などは患者さんに渡し説明しましたが、治療計画表も作成し日々行われる検査・治療内容も提示するところが大きく異なります。指示表に記載されたものは、注射伝票・処方・食事伝票等も別に記載することなく、この指示表一つで会計も可能にするというようなものです。

発生要因は?

 ご存知のように米国では、医療費の支払方法が日本と異なり、個人負担が主で、それ以外に個人と民間の保険会社との契約で必要な医療費が支払われる形もあります。
 最近の米国の状況を調べてみますと、入院費が一般病床で 1日600〜 800ドル、集中治療室の入院では 1,000〜 1,200ドルとされているようです。ちなみに、出産費用を調べてみますと、1万〜1万2千ドル。つまり、1回の出産(1〜2日の入院)で約 120〜 150万円近いお金を支払っているのが現状のようです。
 また、無用な集中治療室への入院には、保険会社がお金を払わない。同様に65歳以上の患者が30日以内に同一疾患で再発した場合、入院に要した費用分を病院はすべて責任を持つというようシステムが存在します。
 他方、医療訴訟の問題もあります。1970年代後半からユ80年代、賠償責任保険料の暴騰、保険引受拒否(特に、麻酔医・産婦人科医・脳外科医に対して保険会社が支払いを行わなくなったこと)、価格転嫁の限界を超えた損害賠償負担等が起こりました。
 このような現状を踏まえて、医療そのものの質を維持、かつ、最良の成果を確保していくための1つの手段として、クリティカルパスが注目されました。
 医療訴訟の問題に関しては、「臨床ガイドライン」を作成し対応しています。

歴史は?

 このシステムは、米国の看護婦が中心となって作成したものです。1983年、ボストン州ニューイングランド・メディカルセンターのプラットフォー(外科病棟の1つの名称)で、看護婦カレン・サンダーらを中心に検討し、2年間検討の後に骨格が作成されました。時期を同じくしてDRG・PPSが登場しています。

目的は?

 この部分が一番難しいところです。使用者によってその目的が変わってしまうからです。例えば、管理者であれば経費の削減、医師であれば病状軽快の目標スケジュールの確認、看護師であれば十分な看護時間の確保、患者・家族であれば納得のできる治療内容であるかどうかを確認できることなどを目的としています。
 したがって、使用する目的、これを何処に重点を置くかによって、パスの内容が大幅に異なってしまうことになります。
 医療経費削減として、在院日数の軽減を図りたいと考え、米国では種々のパスを使用した結果、ベッドの空床数が増加しているという、一見合理的な考え方が運用してみると諸刃の剣になっていることも事実のようです。したがって、何処に重点を置くかを熟慮してから行わないと目的外のことが起こります。

種類は?

 大きく3種類のパスが存在します。1.症状別のパス、2.診断名別のパス、3.処置別のパスです。症状別のパスは、外来で診断に役立てるためのパスで、我々医師では、フローチャートに相当するものと考えてよいでしょう。症状から診断を下すまでのパスです。看護の世界には、米国でもチャート的な考え方がなかったようです。診断名別のパス、これがいわゆるパスの主流です。処置別のパスというのは、手術時、検査時に行われるルーチン化したものを、診断名別のパスとは別個に作成し利用するというものです。

作成方法は?

 単純に診断名別パスの作成方法としては、基本的には時間軸(入院から退院まで)を横軸に、縦軸に予めこれまで行ってきた治療内容、検査所見、指導内容等を検討し必要な項目を記載しておき、「はい」、「いいえ」などチェック形式にしておき実行の有無を確認する。発案者自身も各施設の組織形態、使命と目標があり、州の医療、医療制度そのものも異なるので作り方にはあまりこだわらない。ある程度時間軸に沿っていることと、パッと見てすべてがわかるということを念頭に作成することが望ましいとしています。

理想的なパスの作成チームは?

 複数の専門職の代表者ですべての関連分野を含めていることが理想です。これには医師、看護婦、薬剤師、栄養士、各種療養士ばかりでなく、基本的には患者さんが社会に復帰してうまく生活できるようにすることもメインに考えていますから、ソーシャルワーカーも含まれます。当然、経理や事務担当の管理者、質や業務改善の専門スタッフ、診療録、記録を担当・保存する者も当然加わってもらう。そして、何よりも大事なのは、患者だった人たちが患者の立場で各項目をチェックすること、これが理想的なパスの作成チームであるとされています。

パス使用上の注意点は?

 適用基準と除外基準とを明確に区別することが必要です。どの患者さんがパスに相応しいかどうかを選定すること。確実な運用には、同じ疾患でも適用と除外の基準を明確に区別しておくことです。例えば、肺炎という疾患群のパスはありますが、一般の肺炎か、カリニ肺炎なのかということは、「肺炎」というパスだけを使っていけば当然その後の運用が難しくなるわけです。できるだけ疾患群としては細かいものを作っておくことが必要でしょう。

「バリアンス」とは?

 定められた形や時間枠で達成できなかったものと考えればよいでしょう。
 その理由を明確化してゆくことこそ、より良いパス作成の基になると考えています。
 バリアンスの重要性というのは、バリアンスが何であったのかを検討して、それを修正していかなければならない。できるだけピュアにしていくということを努力目標にしていくということです。

成果とは?

 これは非常に難しい。基本的には患者さんの発言内容が最も重要と考えることです。患者さんが満足できる医療を行えるか、これがいわゆるパスの目的とする場合、医師あるいは看護師内で自己評価するのは当然必要ですが、患者さん達が参加した評価が最も必要になってくるということになります。

近未来のパス像は?

 日本でもIT革命と騒がれていますが、近い将来パスがコンピュータに組み込まれ、画面上で各種の処理を記録することができるようになり、それらを統計処理をしたり、分析をして修正をしてゆく、そんなシステムが徐々に浸透してゆくものと思われます。

まとめ

 産婦人科の医師であればパスを難しく考える必要はないと思います。例えば、出産に関しては、正常分娩、吸引分娩、鉗子分娩、帝王切開など、先生方が長年の経験を基に出される指示を、予め患者にも分ってもらい、スタッフにも浸透させてきたことを、文章で公開し経時的変化がどのようになっているのかを示すものであって、決して難しい理論を展開しようとするものではないのです。公開することで基本がどのようなものなのかを患者さんも医療チームも疾患を共有することで相互の理解を深めてゆくものと考えればよいでしょう。
 ただ、これが一人歩きをしはじめ、取り決めであり法律になってしまうことは、戒めなければならないことです。