平成14年3月11日放送

 産婦人科診療所におけるIT整備 

 香川医大附属病院医療情報部教授・
 日本産婦人科医会情報処理検討委員会委員長 原 量宏

 

 最近の情報技術”いわゆるITは”、医療の分野に大きな影響をあたえています。昨今の日本の医療経済の動向を鑑みますと、現在の医療水準を維持しながら、医療のかかえる諸問題を抜本的に解決するには、国民の医療に関わるすべての情報を効率的に運用する、医療ネットワークシステムの早期実現が不可欠と思われます。

 これまで、周産期医療の向上をめざして、厚生労働省により全国的規模で「周産期医療のシステム化プロジェクト」が進められていますが、このプロジェクトを効率よく運営していくには、医療施設間相互において、また妊娠中から新生児期までを通して、スムーズな情報伝達システムを確立する必要があります。

 そのためには医療情報の標準化、ネットワーク化が不可欠ですが、これまでなかなか実現にいたらなかったのが実情です。

 医療機関へのコンピュータの導入が遅れがちであったこともありますが、その最大の理由は医療情報の所属、保存、開示の問題が解決されていなかったためです。

 その意味で平成11年4月に、厚生省労働省が電子媒体による診療録の保存(電子カルテ)を認め、国立病院の統廃合に際しては、病院の機能別グループ化を進めるために、電子カルテおよびネットワークを導入すると発表したことは大きな進歩といえます。

 この背景には、HL7(XML)等に代表される医療情報の標準化が進みつつあったことにくわえ、医療水準の維持、向上には医療ITをさけて通れないという判断があったためと思われます。

 文部科学省も国立大学附属病院において、電子カルテシステムを積極的に推進する姿勢をしめしており、また経済産業省も厚生労働省の了解のもとに、平成11年度から電子カルテのネットワーク化プロジェクトをスタートさせています。

 従来から困難とみなされていた高いハードルが、省庁間の壁をこえて一気に取り払われたわけで、これからの5年間は医療情報の電子化、ネットワーク化においてのみならず、日本の医療のありかた全般にとって大きな変革点になると思われます。

 私の関係します、日本産婦人科医会情報処理検討委員会においては、すでに10年以上前から、将来の医療情報の電子媒体への記録、すなわち”電子カルテ”とその”ネットワーク”による運用を視野にいれ、他の医療分野にさきがけ、1994年に周産期管理における文字情報、数値情報に関する記録法の標準化、さらに1998年には胎児心拍数情報記載の標準化に取り組んできました。

 はじめは、母子健康手帳の電子化を想定して、光カードによる母子健康カードへの標準的記録法の確立が主な目的でしたが、これらの標準化により相互に互換性のある複数の周産期管理用電子カルテの開発が可能になっただけではなく、情報ネットワークを介して異なる施設の電子カルテを相互に接続することが可能となったことは、非常に意義のあることで思われます。

 この様な状況のもと、香川県においては平成10年に県のモデル事業として、香川医大母子センターと地域の基幹病院産婦人科を結ぶ周産期電子カルテネットワークがスタートしました。

 この電子カルテでは、妊娠管理だけではなく、入院から、分娩、新生児経過まで、すなわちすべての周産期情報を扱う機能をもっており、データのグラフ表示機能や検索機能はもちろん、ネットワークで接続されている医療機関は相互に、瞬時に情報を交換できる様になっています。

 香川県では現在8か所の医療機関の電子カルテがネットワークで接続され、周産期医療の向上に威力を発揮しています。

 同様のシステムは、本年度石川県にも導入され、能登半島北部の4病院と、石川県中央の3基幹病院(計7施設)がネットワーク化され稼働を始める予定です。この他にも、山梨県、静岡県、などにおいても同様のシステムが導入される予定で、今後これらの施設を相互にネットワークで接続し、全国規模の周産期ネットワークを実現することが重要な課題でと考えています。

 すでにのべましたが、現在厚生労働省により進められている、
”周産期医療のシステム化プロジェクト”が、
全国で実施に移されしかも効率よく機能するためにも、電子カルテのネットワーク化は不可欠といえます。

 また、今後、妊婦検診は診療所で、分娩は周産期センター等で集中的に扱われる様になることが予想されますが、電子カルテは、妊婦検診と分娩の分業体制を効率よく行う上でも大いに役立つと思われます。

 ここで、在宅妊婦管理システムな関してものべたいと思います。

 ハイリスク妊婦の管理では、家庭での胎児心拍数モニタリングが非常に重要となりますが、在宅管理システムに関しても、装置のさらなる小型化が実現し、すでにパケット通信を用いたモバイルのシステム(iModeと同種のDoPa技術)により、妊婦はもちろん、医師側も病院、診療所以外のどこからでも、胎児モニタリングが可能となっています。

 もちろん、胎児心数の伝送に関しても標準フォーマットを採用していますので、周産期電子カルテの中にそのまま取り込むことが可能となります。

 今後、在宅ネットワークと電子カルテネットワークが有機的に統合されることにより、妊婦の家庭とすべての医療機関一体となったネットワークシステムが実現すると思われ、この様な意味で、これからの電子カルテは個々の機能が充実していくことはもちろんですが、相互にネットワーク接続できることが必須の条件となります。

 この様に、周産期の領域ではネットワーク化が実現しつつありますが、一般の内科や外科などの診療科に関しては、医療情報の標準化が困難なこともあり、個別に独自の電子カルテの開発は行われていましたが、そのネットワーク化に関しては困難視されていたのが実情です。

 しかしながら、最近ようやく、医療情報伝送の標準規格、HL7(XML)が普及し、ネットワークを介して、一般の診療情報、および検査情報を交換出来るようになってきました。

 現在経済産業省では、医療ITを普及させる目的で、「先進的IT活用による医療を中心としたネットワーク化推進事業−電子カルテを中心とした地域医療情報化」のテーマで、全国26地域においてプロジェクトを進めています。

 四国地区において進めいる「四国 4県電子カルテネットワーク連携プロジェクト」は、26地域の中で最大のプロジェクトですが、そこでは四国 4県が共同して、県域を越えて診療所と中核病院の間で医療情報の交換を可能とし、広域での医療機関の連携をめざしており、将来的には全国規模での展開を視野に入れています。

 本プロジェクトでは、四国全地域で中核病院を含む 約100の医療機関が実証試験に参画していますが、従来困難視された、複数のメーカー(計8社)が開発した、異なる診療所用電子カルテ、および検査会社(計5社)による連携を、データ交換の標準規約(HL7、XML)を用いることにより、ネットワーク上で初めて実現することができました。

 今後、今回開発したネットワーク基盤を用いて、遠隔画像診断や妊婦や高齢者の在宅システムとの連携も、全国に普及させたいと考えています。

 今回、産婦人科領域だけでなはく、日本の医療全般に関する医療ITの現状と、今後の展開に関してお話いたしましが、今後皆様の施設におきましても、是非とも医療ITの導入、特にネットワークに対応した周産期電子カルテを導入していただきたいと思います。

以上