平成14年1月28日放送
 卵巣腫瘍におけるインフォームド・コンセント
 日本産婦人科医会医事紛争対策委員会委員 吉川 裕之 

             

 卵巣腫瘍におけるインフォームド・コンセントは、手術終了前後までの間だけでも、外来受診時、手術直前、手術直後、病理組織診断確定時などの各段階において行われます。病理診断確定時を除いて、各段階で最も妥当な推定診断を説明し、納得を得たり、選択を求めることになります。

 外来では、卵巣から発生する非腫瘍性病変や卵巣以外から発生する腫瘍、非腫瘍性病変との鑑別が必要であり、卵巣腫瘍が明らかな場合でも良悪性に関して診断が求められます。

 書面によるインフォームド・コンセントが絶対必要なのは手術前ですが、外来段階でも口頭による十分な説明と患者の納得が必要で、カルテにその記録を残す必要があります。組織診断が不明なまま、手術前にインフォームド・コンセントをとり、かつ術中診断に基づいて手術を行うことが、特徴です。

 医事紛争の実際についてご紹介しますと、平成3年から12年における卵巣腫瘍に関する医療裁判では、早期卵巣癌を看過した結果、末期の卵巣癌になったという訴えが数件あります。その他にはhCG産生腫瘍と妊娠の誤診例、片側附属器切除後の症例で対側卵巣腫瘍を看過され、茎捻転で対側卵巣も失うことになった例があります。多くはその直前に不妊症、子宮内膜症などで通院している場合でした。子宮筋腫、子宮内膜症のホルモン剤による保存療法の普及や最近の診断の進歩も背景として存在しています。

それでは、外来、術前、術後における各段階で、必要な知識とインフォームド・コンセントについて、順に説明します。

まず、外来での治療・管理方針に関する説明についてお話します。

 卵巣腫瘍は良性・悪性および大きさに関わらず、手術で摘出する適応があります。画像や腫瘍マーカーで良性腫瘍と診断される場合でも、放置すれば、茎捻転や破裂の危険性が大きいからです。しかし、良性の場合、直径が5cm以内では、比較的、茎捻転や破裂の危険が少なく、短期間経過をみることもできますし、手術が危険な症例では長期間経過をみることもあります。

 外来での鑑別診断としては、卵巣の非腫瘍病変と、卵巣以外から発生する腫瘍病変および非腫瘍病変、との鑑別が重要となります。卵巣の非腫瘍性病変としては、黄体嚢胞、卵胞嚢胞、ルテイン嚢胞、内膜症性嚢胞があります。内膜症性嚢胞と多量の腹腔内出血を伴う黄体嚢胞以外は、一般に手術適応がありません。卵管の非腫瘍性病変としては、卵管・卵巣膿瘍、卵管留膿腫、卵管留水腫などがあり、骨盤腹膜炎や慢性感染となる症例は手術適応があります。その他、傍卵巣嚢胞やpseudocystも鑑別が必要です。線維腫などの卵巣充実性腫瘍では、有茎性の漿膜下筋腫との鑑別が必要です。

 外来における卵巣腫瘍の良悪性の診断に関しては、超音波、MRI、CTにおける画像所見、CA125などの腫瘍マーカーを主体に説明します。悪性の可能性が高い場合には、他院での手術やセカンドオピニオンを希望することも予想され、早い段階での説明が望ましいといえます。

 外来における手術決定時には、診断、手術内容、手術の効果、合併症、輸血の可能性、がんの可能性について暫定的に説明します。進行卵巣癌の多くでは、この段階でがんの告知が行われます。良性卵巣腫瘍の場合、腹腔鏡下手術を行わない施設では、代替治療としての腹腔鏡下手術について説明義務があるといってよいでしょう。腹腔鏡下手術を希望する患者は他院への紹介も考慮します。

続いて手術直前に行う説明についてお話します。この場合は必ず、書面でのインフォームド・コンセントとなります。

 良性でも、悪性でも、診断、手術内容、手術の効果、合併症、輸血の可能性などについては必ず説明します。

 第一に良性腫瘍と考えられる場合ですが、悪性の可能性が低い根拠を説明します。術式としては、嚢胞摘出術、卵巣摘出術、片側付属器摘出術、両側付属器摘出術があり、年齢、片側性か両側性、嚢胞性か充実性、腫瘍の大きさにより術式の選択理由を説明します。開腹術を行う場合、腹壁の切開が縦か横かについても説明します。腹腔鏡下手術を行う場合は、その合併症や途中で通常の開腹術に変更する可能性について説明します。悪性が疑われるものは、通常の開腹術を行うのが一般的です。腹腔鏡下手術後に悪性であることが判明した場合、開腹による再手術が必要なことも説明しておきます。

 第二に悪性腫瘍・境界悪性腫瘍の場合ですが、 診断、術式、合併症、予後、輸血について、また子宮摘出、試験開腹、人工肛門について説明が必要です。術中診断による対応に関して委任される範囲を確認しておきます。良性に対して悪性の手術を行う過剰手術、逆に悪性に対して良性の手術を行った結果としての再手術の可能性について説明します。遅くてもこの段階で、がんやその可能性の告知を行います。がんの告知は、家族の承諾なしで行うことも多いのですが、その場合は家族からのクレームに対処できる準備が必要です。本人への告知が、治療に必要であり、本人が家族と治療について相談できる環境を作り、孤独にならないためにも大切であることを説明します。

ここで、悪性腫瘍の場合の手術について解説します。

 明らかな進行がんを除いて、迅速病理診断により、悪性・境界悪性の診断が得られたのちに、それに適した手術を開始します。迅速診断は100%正確ではないので、肉眼所見、臨床所見を加えて診断します。過剰診断にならないことが原則です。この判断を患者さんから完全に委任されるだけの信頼関係が必要ですが、患者さんの希望を十分に確認しておきます。

 悪性腫瘍・境界悪性腫瘍に対する基本手術は単純子宮全摘/両側付属器摘出/大網切除と考えられます。進行期診断のためには、リンパ節生検も行われます。腹水や播種病変の存在があっても摘出手術を行うことが卵巣がんの特徴です。進行癌の場合、腸管切除、腹膜切除などの転移巣切除が必要になります。残存腫瘍が大きい場合には、化学療法後に腫瘍縮小手術を再度行うことが一般的です。 

片側の卵巣のみにがんのあるIa期では妊孕性温存のための術式、すなわち片側付属器摘出術/大網切除術でとどめることが可能です。対側卵巣楔状切除術やリンパ節生検は必須ではなく、手術中に判断します。若年者に多い胚細胞性腫瘍では進行期に関わらず、妊孕性温存手術を行うことも一般的といえます。

 手術直後に、術中所見と術中診断について説明し、実際に行われた手術内容について説明します。最終診断は摘出標本の病理組織診断で確定されることも説明しておきます。

 術後、悪性の場合にはIA期の一部を除いて化学療法を行いますが、その前にはインフォームド・コンセントが必要です。この場合も文書でとることがよいでしょう。標準化学療法が適さない場合には、その理由を説明します。化学療法の必要性と血液毒性、神経毒性などの有害事象について説明します。標準化学療法は、上皮性腫瘍ではパクリタキセルとカルボプラチン併用の6コース、胚細胞腫瘍ではブレオマイシン、エトポシド、シスプラチン併用の3コースです。

 さらに、病理組織診断確定時にも説明が必要で、診断が確認されたことを説明します。診断が異なる場合は、その相違点について説明します。

 卵巣がんの場合には、化学療法中、治療終了時、再発時など説明する機会が多くなります。この説明には納得や同意も必要となり、これらもインフォームド・コンセントに含まれます。

 外来での診断時、手術決定時、術前、術後の卵巣腫瘍のインフォームド・コンセントについて概略を説明しましたが、悪性では勿論、良性でも、患者さんが理解しにくい説明をすることになります。わかりやすい十分な説明が必要ですが、誤解を生じやすいので、できるだけ、文書として記録に残しておくことをお薦めします。ただし、患者さんとの信頼関係の構築が最も重要であることは忘れてはなりません。以上、卵巣腫瘍のインフォームド・コンセントについてお話しました。