平成13年10月8日放送

 卵巣子宮内膜症性嚢胞に対する腹腔鏡下手術の位置づけ

 浜の町病院産婦人科 中村元一

 

 子宮内膜症は、最近増加しており、月経痛や性交痛などの症状に加えて特に不妊との関係において、婦人科診療の中で大きな問題となっています。内膜症に対する治療に関しては、待機療法、ホルモン療法、手術療法などがあり年齢、症状、内膜症の進行期などを考慮して選択されていますが、必ずしも統一された基準は示されていません。若年婦人に多いことから、妊孕能を改善または保持しつつ、いかに再発を起こさないような治療を行うかがポイントとなります。その中で、手術療法として最近多く行われている腹腔鏡下手術について、主に子宮内膜症性嚢胞における位置付けについて考えてみたいと思います。

 子宮内膜症性嚢胞の存在そのものは、不妊と直接関係しない可能性が大きいと考えられています。現に石丸らは、不妊症における子宮内膜症性嚢胞は、積極的に処置せずに、放置すべきだと述べています。しかし悪性の可能性、妊娠した時の破裂の問題など、放置した時の問題点も考慮しなければなりません。文献上、子宮内膜症性嚢胞の約0.7%から1.0%が、悪性化する可能性を示唆されております。また、強い癒着があり、しかもある程度大きな子宮内膜症性嚢胞では、妊娠中に破裂する可能性を指摘されています。さらに、月経痛や性交痛に関して、腹腔鏡下手術が有効であることが強調され、杉並らも腹腔鏡下手術後、79%で月経痛の軽減、62%で鎮痛剤が不必要となり、性交痛も76%で改善したと述べています。症状が強い症例では、手術を優先的に考慮すべきであると考えられます。

 以上を考慮すれば、手術療法がその後の妊娠に逆に悪い影響、例えば新しい癒着による妊孕能の低下、正常な皮質の損傷による排卵率の低下などを与えないならば、積極的に手術を選択すべきであろうと思われます。

 ところで、手術療法としては

 (1)嚢胞穿刺、内容吸引術

 (2)嚢胞内腔の電気凝固、レーザー蒸散布

 (3)アルコール固定価

 (4)嚢胞摘出術

など様々な方法がありますが、これらのメリットとデメリットを次に考察します。

 まず嚢胞穿刺、内容吸引術ですが、様々な報告を見てみても再発率や妊娠率は、他の方法に比べて有意に劣ります。単なる嚢胞穿刺、内容吸引は、子宮内膜症性嚢胞の治療とはならないと思われます。

 次に嚢胞切開、内腔の電気凝固、レーザー蒸散術ですが、Donnezらは、3B以上の子宮内膜症性嚢胞814例に対し、1回目の腹腔鏡で切開、洗浄、組織検査を行い、その後、GnRHアゴニスト療法を3か月間施行した後に、2回目の腹腔鏡で、嚢胞内腔を炭酸ガスレーザーで蒸散する、two-step法を行い、妊娠率51%、再発率8%という良好な成績を示しています。Brosensらも、同様のtwo-step法で、再発率は0%であったと述べています。以上の報告からは、この方法が妊娠率や特に再発率において大変有効だと思われますが、2度の入院、腹腔鏡という、患者への負担が大きいことが問題です。

 エタノール固定に関しては、日本の報告がほとんどですが、山下らは、89例の子宮内膜症性嚢胞に、経腟的エタノール注入療法を行い、妊娠率56%、再発率11%と良好な報告をしています。良好な成績が得られた要因として、エタノール固定前に、生食でよく嚢胞内を洗浄し、その後無水エタノールで、5回以上嚢胞内を洗浄することがコツであると述べています。

 しかし、この方法の問題点は、嚢胞の組織が取れず悪性の否定ができないことで、我々の施設ではそれを考慮してエタノール固定法は、再発例などにとどめています。

 嚢胞摘出術に関しては、様々な問題を抱えています。例えば、開腹手術と腹腔鏡下手術とでは、妊娠率、再発率に差は無いか、手術浸襲の問題、嚢胞摘出術は、新たな癒着や排卵率の低下をもたらし、妊孕能を低下させることはないのかなどです。そこで、これらの問題につき、検証してみます。

 まず、卵巣嚢腫に対する腹腔鏡下手術の手術浸襲を、開腹術と比較するため、当科で行った開腹手術101例、腹腔鏡下手術216例で検討しました。手術時間は、腹腔鏡で有意に長かったのですが、術中出血量、放屁の時間、平熱化までの日数、術後の入院日数、社会復帰までの日数は、いずれも腹腔鏡下手術で有意に少なく、患者のQOLに大きく貢献していることが分りました。

次に当科における、内膜症合併不妊症例での妊娠率は、I期53.6%、II期32.3%、III期57.6%、IV期51.2%、全体で52.1%と内膜症の期別と妊娠率に関係は見られず、他の多くの報告と一致した良好な結果が得られました。

 開腹手術と腹腔鏡下手術について比較した論文を検討してみると、その多くは、開腹術と腹腔鏡下手術で妊娠率に差はないと報告しており、Catalonoらも、腹腔鏡下手術と開腹によるマイクロサージャリーの比較で、妊娠率、再発率に差が無かったと述べています。

Nezhatらは、炭酸ガスレーザーを用いて同一の術者が行った243例の解析を行い、全体で69.1%の妊娠を得ており、進行期による有意差無し、III期、IIV期の成績は、過去の開腹術の成績に比べて良好であったと述べています。以上の結果からも、妊娠率に関しては、腹腔鏡下手術が開腹手術より優っているか、少なくとも同等であることが分かります。Adamsonらは、自験例と文献例で、妊娠率を指標としたmeta-analysisを行い、中等度以上の子宮内膜症に対して用いられる手術療法として、腹腔鏡下手術は開腹手術と同等かそれ以上の妊娠成績を認め、少なくとも腹腔鏡下手術の妊娠率が、開腹術に劣ることはないと述べています。

 術後癒着に関しては、Lundorffらは臨床例で、Lucianoらは20羽の兎を使っての実験で、腹腔鏡下手術は、開腹術に比べて術後の再癒着の程度も軽度であることが多く、新たな部位に癒着を形成することも少ないと報告しています。

 他の文献も含めて総括すると、腹腔鏡下手術でも、再癒着は見られるもののその程度は最初の手術時の癒着の広がりと程度に関係し、癒着スコアは変わらないか減少する、新たな部位に癒着を形成することは少ない、開腹術に比べて術後の再癒着の程度も軽度であることが多いと思われます。嚢胞摘出後の排卵率については、吉野らは、IVF-ET時、嚢胞摘出側の採卵数は反対側に比べて有意に少なく、腹腔鏡と開腹術では、開腹術で有意に少ないと報告しました。沖らも、卵巣嚢腫摘出術後のIVF-ETの成績を検討した報告で、術後の排卵誘発剤に対する卵巣の反応性は悪く、さらに受精後の胚発育も障害されると報告しています。しかしながら、術後の排卵には、影響を及ぼさないとする報告もみられ、今後の課題であると思われます。

 術後の再発率に関しては、当科で行った腹腔鏡下手術後の再発率は24%、特に癒着が高度であったものでは37%と癒着の程度と再発率に関係が見られました。他の報告を見ても、術後2年間から5年間の再発率は、10%から25%であり、開腹手術と腹腔鏡下手術で差を認めていません。

 以上を総括すると、子宮内膜症性嚢胞に対しては、手術の浸襲性、妊娠率、再発率、症状に対する効果、悪性化や破裂の問題などを考慮すれば、ある程度大きなものに対しては腹腔鏡下手術がファーストチョイスと考えられます。ただし、嚢胞の内腔レーザー蒸散術か嚢胞摘出術かなどの手術方法については、術後の排卵率の問題などもあり、今後の課題と思われます。