平成13年9月10日
 麻疹流行とその対策
 大阪府立母子保健総合医療センター産科部長 末原 則幸

 

 最近、麻疹(はしか)にかかった妊婦が早産したり流産する症例が発生しています。また、妊婦自身も脳炎など重症化することも報告され、周産期医療の分野で大きな問題になっております。

 麻疹は、かつては「ハシカの命定め」といわれるぐらいにこどもでの死亡率が高く、子供の病気の中でも最も恐ろしい病気のひとつでしたが、医療が進歩したため、麻疹で死亡することも少なくなり、さらにワクチンが実用化され、麻疹はいまや過去の病気と思われていませんか?

 もし 妊婦が麻疹にかかるとどのような影響があるのでしょうか?

 これに関しては、10数年前 アメリカでの流行の経験が大いに参考になります。
 1988から91年にかけて、米国、ロスアンジェルスで局地的に麻疹が流行し、6614名の患者が発症しました。そのうち30%1980名が入院し、37名(0.6%)が死亡しました。症状は40度近い高熱と咳・鼻汁・結膜炎・咽頭痛・肝機能低下・白血球減少・血小板減少そして肺炎・脳炎・心筋炎などの重篤なものがあります。
 その6,000名余りの患者の中に58名の妊婦がいました。麻疹流行とその対策58名の妊婦で麻疹が診断された妊娠週数をみると13週未満は23%、14-26週は35%、27週以後は43%でした。そのうち35名(60%)が入院しました。15名(25.9%)が肺炎になり、2名(3.4%)が死亡(中期1例、後期1例で 1例は心筋炎)。
 非妊婦での肺炎は9.8%、死亡率0.5%にくらべると、妊婦が麻疹にかかった場合、肺炎の発症は2.6倍、死亡率は6.4倍と高くなります。成人が麻疹にかかると子供に比べて重症化する事が知られていますが、妊婦では免疫能の低下のためにさらに重症化します。
 3名の人工妊娠中絶を除き18名31%が流早産(5名が流産、13名が早産)しました。これら流早産した妊婦うち16例89%は発疹後2週以内に流早産しています。
 この58例では先天性麻疹は見られていません。18名の生存児のうち13名(72%)は退院前にIgGを投与され、1ケ月以内には麻疹の発症もなかったと報告されています。

 さて 昨年から今年になって麻疹の流行が報告されています。

 札幌市では昨年末から散発的な発生が見られていましたが、今年3月以後患者数が増加しております。また高知県でも昨年より麻疹の流行が始まり今年になっても多くの患者が発生しております。
 国立感染症研究所の感染症情報センターによりますと患者数は昨年の3倍になっています。そして麻疹の流行の見られる地域で成人の麻疹も増加しています。
 麻疹は従来子供の病気とされていましたが、子供の頃にワクチン接種を受けなくて、自然感染しないまま成人となれば、免疫をもたないまま妊娠することになります。
 麻疹の予防接種は1978年に定期接種になり、現在では約9割の子供がワクチンを受けていましすが、それ以前は任意接種であったため、約3割程度しかワクチンを受けていなく、この世代が出産年齢に達してき、今問題となっています。大阪の大学生(22,23歳)の抗体価調査では、約30%が陰性であったと報告されています。
 また最近行われた妊婦や赤ちゃんを取り扱う周産期センターの職員の調査では約1-2%が抗体陰性でありました。
 幸い 麻疹にはワクチンという方法がありますので、妊娠前に感染の既往や抗体の有無を確認し、免疫がなければワクチンを受けておくことで妊娠中の感染を防止できます。また、家族の既往歴を確認し、麻疹にかかったことのない人は早くにワクチンをうけ、家族からの感染の危険を取り除いておくことが大切です。
 高知県の麻疹データによると、麻疹に感染した人の9割はワクチンをしていなかったが、1割はワクチンを受けていました。しかし その半数が10-34歳で、その時期には抗体価が低下していると考えられています。
 しかし ワクチン接獲者は確患しても軽症で済みます。
 麻疹ワクチンは1歳から7歳までのあいだに接種する事になっていますが、この年齢に関係なく接種しても医学的には問題はありません。また麻疹抗体が陽性であってもワクチン接種による副作用はないとされています。

妊婦が麻疹にかかると

  1. 妊婦が麻疹にかかると非妊娠女性に比べて重症化しやすい。
  2. 妊婦が麻疹にかかると流早産しやすい
    3割が流早産し、しかも90%は母体発疹出現から2週以内に流早産になります
  3. 妊娠中に麻疹に罹患した場合、風疹のように先天奇形を生じる率は低い.
  4. 抗体のない母親から生まれた新生児が1・2歳までに罹患すると重症化することが多い。
  5. 1978年前後にうまれた人のワクチン接種率が低いことがわかっています。

また 妊婦に対しては 次のようなことを指導しておくことが大切です。

  1. 妊娠している人は麻疹の流行に注意し、人混みに出るときにはマスクをするなどの注意を払う。
  2. 麻疹が疑われる場合は医療機関に受診し、アドバイスをうける。麻疹では最初は風邪症状に続いて発熱と発疹がみられたら放置しないで医療機関に受診する。
  3. 未だ麻疹にかかっていない妊婦、すなわち麻疹の抗体を持っていない妊婦は出産後、退院までにあるいは産後早期に麻疹ワクチンの接種を受ける。

妊婦が麻疹にかかった場合には、単なる麻疹で済ませないで、慎重な対応が必要であります