平成13年6月11日放送
 青少年の性行動とクラミジア感染症
 愛知医科大学産婦人科学教室教授 野口 昌良

 

1 性風俗の解放と青少年の性行動

 1900年代半ば1950年以降の性風俗の解放はきわめて顕著であり、洋の東西を問わずその進展は眼をみ張るばかりであります。とりわけわが国をはじめ先進国においては初交年齢の低年齢化がすすみ、性感染症の流行を助長し多くの問題を投げかけているわけであります。

 青少年とりわけティーンエイジャーの場合当然殆どが未婚であり謂わゆるセックスパートナーが限定されていないで複数のことも少なくない。このようなことは、性感染症に罹患する頻度がそれだけ高くなることになります。

 また若い年代層は性感染症に対する知識も乏しく予防に対する配慮は全くないままに性行為をつづけ、妊娠してから或いは性感染症にかかってから初めて産婦人科を訪れて事の重大さに気がつくことが多いようであります。出来るだけ性交渉をはじめる前にしっかりとした知識をさずけておきたいものであります。初交年齢が低くなればなるほどより早い小学生高学年ぐらいから一度ならず数回の啓蒙の機会を与えておくことは決して無駄なことではなく必須のことと思われます。

2. クラミジア感染の流行度

 現在世界中で最も多い性感染症は性器クラミジア・トラコマティス感染症であります。

 この感染症が最近3 年間に実施された厚生労働省の研究班の調査結果によれば、男の場合、21〜25才までにもっとも患者が多いのですが、女性の場合16〜20才までのティーンエイジャーに最も患者が多いことが対人口10万人に対する患者数の推計から明らかになりました。

3. クラミジア・トラコマティス感染症の問題点

 クラミジア・トラコマティス感染症は性行為により男性から女性へ或いはその逆の方向で感染します。同じような感染経路をたどる淋菌感染症と比べると感染者の数は圧倒的に多いのです。しかし淋菌感染者は男性尿道炎で強い排尿痛があり、自覚症状が明らかです。

 一方、クラミジア・トラコマティスの尿道炎は症状が乏しく男性でも気づかない人もある程ですが、女性は殆どが感染しても症状が表れません。従って、全く治療の機会がないまま放置されることが多いことになります。このことが女性の場合腹腔内への感染となり、さらには不妊症の原因になることも多くあります。また妊婦が感染すると妊娠初期では流産の原因となり妊娠後期では早産の誘引となることも判っています。またもし予定日に生まれても子宮頚管を通って生まれてくる新生児にこのクラミジア・トラコマティスがお産のときに感染して、新生児が結膜炎や肺炎になることがあります。このように女性がクラミジアに感染すると予想をこえた様々な疾患の原因となるわけであります。

4. 女性のクラミジア・トラコマティス感染症の病態

 性交渉により最初に感染するのは子宮頚管であり子宮頚管炎を発症しますが、なかなか症状は出ず、人によっては帯下が増えたと感じることがある程度で、殆んど気づかないことが多いのであります。

 この感染が放置されると、クラミジアは子宮内へ侵入し、さらに卵管を通過して腹腔内に拡がっていきます。くりかえしクラミジアをもった男性と関係をつづけると、卵管の内腔や筋層が変化し卵管を狭くさせます。この結果受精卵の輪送が出来ず、その場で卵が大きくなり卵管妊娠になります。また全く閉塞してしまえば卵管不妊症ということになります。

 この他に感染時のクラミジアの菌量が多くて卵管の出口すなわち卵管采から腹腔内へ侵入したクラミジアが肝臓の周囲に付着して増殖をするとき、はげしい上腹部の痛みを訴え救急車で搬送されることさえあります。

 このように命をおびやかすような致命的感染症ではないにもかかわらず、クラミジアが女性の性器に感染すれば、いろいろと困った症状をひきおことことをよく認識する必要があります。

 さらに加えて、オーラルセックスにより女性の咽頭にクラミジアが感染し慢性の咽頭炎や副鼻腔炎になる患者も少なくありません。

 厚生労働省の調査によれば、16〜25才までの女性の約80万人、男性の16万人にクラミジア・トラコマティス感染症があることが判りました。

 自覚症状も少なく、非特定の複数のセックスパートナーをもつような若い女性の場合、特にクラミジア・トラコマティス感染症の発見と治療がこのような性感染症患者を減らすためにもまた、卵管不妊症などとりかえしのつかない後遺症を残す前になんとか適切な診断と正確な治療をすることが、われわれ産婦人科医に与えられた使命であると思います。

 とはいえ感染者を増やす前に、正しい知識を与えることにより性感染症とりわけ症状が乏しいクラミジア・トラコマティス感染症にかからないようにすることが出来れば、より効果的であることは云うまでもないところであります。

 昨今の青少年の性行動を考えるとき小学校高学年からの性教育、性感染症に対する正しい知識を植えつけることが大切であると思われます。