平成13年2月5日放送

 産科医療のインフォームド・コンセント(2)帝王切開

 横浜市立大学母子医療センター 部長 高橋恒男

 

 帝王切開は,産婦人科医が日常的に行う最も多い手術の一つであります.患者さんとのトラブルの面から見ると,帝王切開については,手術をしたことより,手術施行の遅延や経腟分娩の強行による児の障害といったことが問題となることが多いと思われます.しかし,現在では帝王切開は比較的安全な手術であり,一般の人々も帝王切 開は安全であるとの意識が強いため,一旦,手術にまつわるトラブルが発生すると患者・家族の納得が得られず,思わぬ紛争に発展することもあります.もちろん,インフォームド・コンセントは,医事紛争予防のためではなく,よりよい医療のために行われるべきものでありますが,患者・家族への説明不足と理解不足が原因となる医事紛争では,結果的に無用なトラブルの回避策ともなります.帝王切開のインフォームド・コンセントにあたって,重要なポイントは,同意を得るにあたり,なぜ帝王切開が必要なのかという帝王切開の適応の説明と,手術に伴うリスク・合併症の可能性の説明,帝王切開を選択しなかった場合に予測されるリスク,結果の説明につきます.

 まず帝王切開の適応と要約についてお話ししたいと思います.帝王切開の要約は「母体・胎児ともに手術に耐えることができ,児は体外生活が可能であること」が基本となります.しかし,胎内死亡後の常位胎盤早期剥離症例のように,母体の救命が要求される場合には,児の生死に関わらず実施される場合もあります.

 手術は基本的には,経腟分娩が不可能と判断される場合か,母体または胎児に急いで分娩を終了させる必要性が生じた場合に選択されます.手術の適応からは,分娩開始前に帝王切開以外の娩出法ではかなわないと判断される「予定帝王切開」と,分娩の進行中に突発的な事態が発生し,やむなく実施される「緊急帝王切開」とに大別されます.

 たとえば母体側適応の予定帝王切開としては,児頭骨盤不均衡,全前置胎盤,母体の重篤な疾患などがありますし,緊急帝王切開としては切迫子宮破裂,子宮内感染などがあります.また胎児側適応の予定帝王切開としては,胎児病などがありますし,緊急帝王切開としては胎児ジストレス,胎位・胎勢異常,臍帯脱出などがあります.いずれにせよ手術の適応を明確にし,説明しておくことはインフォームド・コンセント上非常に重要なことと言えます.

 また,患者側の強い要請で行う社会的適応による帝王切開も,患者の価値観の多様性や近年の,患者の自己決定権の尊重の観点から増加することは,やむを得ないことですが,この場合も,できれば広い意味での適応を記載し,帝王切開に伴うリスクを説明したことや,患者の強い希望による旨を記載しておくことが重要であります.

 次に,もうひとつの重要な事項である帝王切開の術式とリスクの説明についてお話ししたいと思います.帝王切開は,一般に安全な手術ですが,当然のことながら術中出血や術中合併症も存在します.

 既往帝王切開妊婦,前置胎盤,子宮筋腫合併,DICを合併する常位胎盤早期剥離などでは当然多量出血が予測されますし,子宮筋層切開部の裂傷で思わぬ大量出血に遭遇することもあります.術中出血の可能性を説明し,大量出血が予測される場合は術前に輸血同意書も得ておくことが望ましいと思われます.また出血の制御が不可能になる可能性のある場合には,子宮全摘が必要になることがある旨の説明と同意も必要となります.

 通常,帝王切開は膀胱を剥離して子宮壁を切開する子宮下部横切開が選択されます.このため膀胱損傷を生じる可能性もあります.妊婦に開腹手術の既往や強い癒着がある場合が問題となります.術式の説明とともに,術中合併症の一つとして説明しておくことが望まれます.腸管損傷も同様です.

 また次回の妊娠において,帝王切開後の分娩では子宮破裂の危険性が多少高まりますし,子宮切開部に癒着した前置胎盤では大量出血や胎盤娩出困難で子宮全摘術をせざるをえない場合もあります.これらのことも,できれば説明し理解してもらっておいてほうが望ましいと思われます.

 術中合併症と同様,術後の合併症についての説明も重要な事項です.妊婦・家族の多くは,「帝王切開は安全である」という意識が強く,術後の合併症が起きた時は,なかなか理解が得られず,医療側のミスによるものであると誤解されることがしばしばあります.以下に述べますような帝王切開で生じやすい合併症については発生の可能性を説明しておく必要があります.

 非常に重篤な合併症の一つに肺塞栓症があります.2千5百から1万分娩に1例の頻度と言われていますが,帝王切開後の発症は経腟分娩後の発症より5から10倍高いと言われています.もともと,欧米で多かった疾患でありますが,近年,日本でも増加する傾向にあり,結果が重篤なだけに,説明しておくべき合併症の一つと言えます.妊娠,分娩時は,生理的に凝固能が亢進し,妊娠子宮による血流の停滞,さらに,分娩時は静脈壁の損傷などから,深部静脈血栓の好発時期であります.切迫早産や妊娠中毒症などで長期安静であった妊婦や,肥満の妊婦,心疾患,糖尿病などがある妊婦はハイリスク群となります.

 さらに妊娠中毒症や切迫早産で塩酸リトドリンを長期に使用していた妊婦で発生することのある肺水腫,弛緩出血などによる術後の出血,経腟分娩より多くなる産褥感染症,帝王切開後しばらくして起こる治癒,癒合不全による出血,あるいはイレウスなど,これらの合併症の可能性についても説明しておくことが望まれます.

 次に,帝王切開におけるインフォームド・コンセント全般における注意事項について述べたいと思います.

 まず,帝王切開となる確率が高くない分娩でも,できるだけ分娩経過中に分娩進行状況を産婦のみならず家族に可能な限り頻回に説明しておくことが重要です.またやむを得ず緊急に帝王切開を選択しなければならなくなった場合には,帝王切開選択の理由のみならず,母児に起こりうる危険性や可能性のある合併症や輸血の可能性などについて理解と同意が得られるまで説明することは前述した通りですが,説明と同意内容についてはカルテに記載しておくことが重要です.社会的適応の場合は,その経過の詳細を記載しておくと共に,できれば広義に解釈した適応病名を告知・記録しておきます.

 できるだけ承諾文章に署名をもらっておくことも必要です.承諾書の様式としては,はじめに医師の説明内容として,帝王切開に対する考え方(必要性),処置,出血や臓器損傷等のリスク,肺塞栓・肺水腫・術後出血・感染・癒合不全などの合併症の可能性および必要事項を説明した旨を記載し,説明医師の署名が記入できる形式のものが良いと思われます.また患者側の同意文としては,以上の内容につき医師の十分な説明を受け,かつそれに対する十分な質問の機会が与えられ納得した旨の記載が入った者が望ましいと思われす.

 最後に繰り返しとなりますが,帝王切開におけるインフォームド・コンセントを三つの重要なポイントにまとめると以下のようになります.

  一つ,帝王切開の適応を明確にし,説明する.
  一つ,帝王切開を選択しない場合の予想される結果・リスクの説明をする.
  一つ,手術に伴うリスク・合併症の説明をする.

以上でありますが,実際に合併症やトラブルが発生したときは,誠意をもって,再三にわたり十分な説明を繰り返すことが重要なことと思われます.