平成12年11月27日放送

 日母研修ノートNo.64「妊娠中毒症」より

 日母研修委員会委員長 木下 勝之

 

 妊娠中毒症とは、妊娠に高血圧、蛋白尿、浮腫の1つ、もしくは2つ以上の症状がみられ、かつこれらの症状が、単なる妊娠偶発合併症によるものではないものをいいます(日本産科婦人科学会)。

 妊娠中毒症は、全妊婦の5〜10%に診られ、今でも少なくありません。

 純粋型妊娠中毒症とは、妊娠偶発合併症の存在によらないものであり、混合型妊娠中毒症とは、妊娠前より高血圧・蛋白尿・浮腫などの症状を呈する疾患があって、妊娠によって症状の憎悪あるいは顕症化をみた場合をいいます。子癇とは、純粋型、混合型にかかわらず、妊娠中毒症によって起こった痙攣発作をいいます。さらに、軽・重症度分類で、妊娠中毒症は軽症か、重症かを分類します。重症妊娠中毒症は、収縮期圧160mmHg以上、拡張期圧110mmHg以上、蛋白尿200mg/dl/24時間以上、≧200mg/dl/24です。また、全身浮腫を認めます。また妊娠中毒症に深い因果関係を有する母体胎児にとって、重篤な疾患として肺水腫、脳出血、常位胎盤早期剥離、HELLPがありますが、ACOGの重症分類では、このような症状があれば、すべて重症妊娠中毒症と分類しています。そして妊娠中毒症を軽視できないわけもここにあります。

 また、発症時期により、32週未満に発症のするものを早発型、32週以後発症の遅発型の病型分類が追加されました。早発型の特徴は、早期に発症するものほど重症例が高く、IUGR、および胎児仮死の発症率が高率となります。

 妊娠中毒症の病態の詳細は、まだわかっていません。近年、遺伝子レベルでの原因解析が始まっています。しかし、1つの遺伝子変異の存在で発症するものではなく、多因子疾患、遺伝的要因(遺伝子多型)と環境的要因との絡み合いで発症し、その遺伝子的要因は、約40%であることがわかってきました。

 従って、妊娠中毒症は遺伝的要因のみで発症するものではなく、予防対策の主役は「妊婦を取り巻く環境や妊婦自身の生活習慣の改善」が大切になります。

 妊娠中毒症の病態の解明が進んでいますが、明らかになったことは、血管攣縮と血管内皮障害があることです。

 妊娠中毒症の管理と対策のポイントを、お話いたしましょう。

 妊娠中毒症管理の基本は、母体の安全確保と健全で成熟した児を娩出させることであり、従って、妊娠中毒症と診断したら母体と胎児の適切な評価が不可欠であり、同時に重症化防止の対策をこうじることです。

 具体的には、児を娩出させ、母体から妊娠の負荷をとることが最も有効な治療法ですが、その前に、以下のような評価すべき事項があり、その結果によって対応を決定しなければなりません。

 1 妊娠中毒症は、軽症か重症か。

 2 現在の妊娠週数は何週か。

 3 母体の状態はどうか。

 4 胎児の状態はどうか。

 5 子宮収縮の有無、切迫早産徴候はないか。

 6 医師・助産婦・ナースの人員と管理体制は充分か。―母体搬送すべきかどうか

 7 重症妊娠中毒症や母体救急をまかせられるスタッフは、そろっているか。

 軽症妊娠中毒症の場合は、入院管理下に上記項目を中心に検討し、重症化を防ぎ、母児の管理を続け適切な時期に、経腟分娩の方針で対応します。

 重症妊娠中毒症の場合は、軽症妊娠中毒症で入院管理していても、入院中に重症化することがあります。

 一度、重症妊娠中毒症となり、脳や眼症状、肺水腫、心窩部痛、石季肋部痛、肝機能障害、血小板減少、IUGR、Fetal distressが出現したら、妊娠週数や胎児の成熟度と関係なく妊娠継続を中止し、児の娩出方針とすべきです。経腟分娩か、帝王切開かの分娩様式の選択が問題になりますが、母児のリスクを考慮し、帝切を選択することが多くなっています。また分娩を遂行する例では、いつでも帝王切開ができる準備をしてのぞみ、胎児心拍数の変化、母体の血圧、全身状態に留意すべきです。

 妊娠中毒症の管理方法として、以前と変わった点をお話しましょう。今までは、妊娠中毒症治療や予防に、塩分制限や利尿剤の投与が、行われてきました。

 しかし最近では、塩分制限によって妊娠中毒症の改善はみられないという報告や、妊娠中毒症では塩分制限は必要でなく、むしろ厳重な塩分制限は母体循環血液量を減少させ高血圧を悪化させるなどの指摘があります。そこで、正常妊婦では10g/日が適正摂取量となり、妊娠中毒症では極端な塩分制限はすすめられず7〜8g/日程度となってきています。

 妊娠中毒症では、血液濃縮になっていることが多いので、浮腫があったらからといって利尿剤の投与を投与すると、血管内脱水を助長することになり、妊娠中毒症の病態を悪化させるので使ってはなりません。

 次に、降圧剤の問題です。

 高血圧のコントロールは、母体の頭蓋内出血の防止や血管攣縮、脳浮腫の改善などに必須です。

 本邦では、母児への安全性が経験的に知られているヒドララジン(アプレゾサン)やメチルドーパ(アルドメット)が、古くから降圧剤として主に用いられていてきました。しかし、重症例では効果が不充分であり、濃度を増やすと副作用の出現も加わり、血圧コントロール不良の結果、妊娠継続ができなくなること、さらに子癇症例や高血圧緊急症には、十分対応できないことが問題でした。

 その一方、内科領域では副作用が少なく、降圧作用の強い新しいカルシウム拮抗剤、α−βブロッカー、ACE阻害剤が次々に登場しています。

 問題は妊婦への投与が禁じられているということです。通常、薬品の能書に降圧剤は妊婦では投与禁忌となっていることであり、例外的にはメチルドーパ、ヒドララジン、1部のβ−ブロッカー、α−ブロッカー、静注用カルシウム拮抗剤、ニトログリセリンなどのみが、緊急性ある時のみ投与可能、または有益性が危険性を上回る場合にのみ投与可能(有益性投与)となっていることが現状です。

 現在、このような未承認薬物療法に対し、我が国では医師の裁量権をもって、重症妊娠中毒症例にカルシウム拮抗剤などを投与し、対応せざるを得ないのが実状です。しかし、欧米ではカルシウム拮抗剤は、妊娠中毒症高血圧に対する第2選択薬となりつつあるため、本邦でも妊娠中毒症への適応拡大を求められています。これらは未承認薬物の1つとして、検討されています。

 管理の実際として、高血圧を発症したら、原則的には入院させ安静、食事療法、血圧の測定を頻回に行い、薬剤投与の可否を決定します。以上の管理でも血圧160/110mmHg超えるものは、薬剤を投与します。

 第一選択薬としてアルドメットを使用し、効果ない場合や副作用がある場合、第二選択薬のヒドララジンに変更、または追加投与します。

 しかし問題は、前述のように重症例では効果が薄く、なお投与量を増やすと頻脈などの副作用がでるため、使えなくなることです。

 未承認薬物であることに関するインフォームドコンセント妊婦との間に得られた場合は、第一選択薬としてαβ−ブロッカー又は、β−ブロッカーを用いてもよいでしょう。

 第二選択薬としてCaブロッカーが有用です。特に、重症例や子癇前症、子癇例、HELLP症候群などでは、アルドメットやヒドララジンは効果が不充分であることが多いだけに、Caブロッカーが、有用です。

 血圧目標値は、140〜150/90〜100mmHgにし、急激に下げないようにします。

 緊急性高血圧症の対象は、血圧が急に上昇し180/110mmHgを超え、子癇発作の前徴症状の出現や発作が起こった場合。また、経口降圧剤にても血圧がコントロールできない時や、血圧が乱高下する場合です。

 高血圧性緊急症の治療法は、コントロールしやすく点滴静注法以外の筋注投与や舌下投与は調節性がなく危険です。

 ヒドララジン、もしくはニカルジピンの点滴静注投与を行い、まずは160〜150/100〜110mmHgをめざし、同時に児心拍を厳重にモニタリングします。

 子癇発作の予防には、硫酸マグネシウムやジアゼパムの併用も必要となります。

 全身状態の落ち着いたところで分娩時期、分娩様式を決定します。

 注意としては、どの方法にしても急速に血圧を下降させると胎盤血流量も低下し、胎児仮死や胎児死亡につながる恐れがあることです。

 従って、ニフェジピン(アダラート)の舌下投与より、ニカルジピン(ペルジピン)の点滴静注が血圧の変化をみつつ、投与量を調節できるので安心です。