平成12年5月29日放送

 新生児の聴力検査

 東京女子医科大学助教授 三科 潤

 

 本日は先天性の難聴を発見するためにおこなう、新生児聴覚スクリーニングについて、お話しいたします。

 先天性の難聴は1000出生中の1人から2人に起こると言われていますが、現在は、2歳から3歳になって、言葉の発達の遅れのために発見されることが殆どです。

 聴覚が障害されると言語発達が阻害されますが、言語発達には臨界期があるために、早期発見の重要性が従来から指摘されており、これまでにも種々のスクリーニング方法が試されてきましたが、有効な方法が得られませんでした。

 しかし、近年、新生児用の優れたスクリーニング方法が開発され、早期に聴覚障害の診断を行うことが可能になりました。その新生児用聴覚スクリーニング方法には大きく分けて二つの方法があります。自動聴性脳幹反応(AABR)と耳音響放射(OAE)です。聴性脳幹反応(ABR)は、従来から聴覚障害の診断に用いられてきましたが、その結果を判定するのには経験が必要でした。この判定を自動化したものが、AABRです。ABR測定は検査に時間がかかるので薬剤を投与して児を鎮静させ、外部の音を遮断するために防音室の中で行う必要がありましたが、AABRは児が眠っていれば数分間で行えるので、薬剤は不要ですし、また、イアーカプラーで周囲の音を遮断するため、ベッドサイドで検査を行うことができます。ささやき声程度の音の強さである、35dbのクリック音でスクリーニングされ、標準化された基準により、”正常 ”と”要検査”が判定されます。平成10年度から開始した私どもの厚生科学研究班では、現在までに約1万例のスクリーニングをAABRを用いて行いましたが、スクリーニングで”要検査”とされたものは40例、0.4%で、このうち12例が両側難聴と診断されています。

 もう一つの方法はOAEです。音が聞こえた時に、内耳の蝸牛の外有毛細胞から音が発生することがわかっていますが、これを利用して、スピーカーから音を発生させ、その音に反応して出た蝸牛からの音をマイクで拾って分析し、内耳の機能を判定する方法です。誘発耳音響放射(TOAE)と歪成分耳音響放射(DPOAE)とがあり、これらの測定結果を自動判定するものが自動OAEスクリーナーです。自動OAEは、外耳道に小さなスピーカーとマイクを入れたプローブを挿入して測定をおこない、反応が認められれば”正常 ”、反応が認められない場合には”要検査”と判定されます。この検査もベッドサイドで行え、泣いたり、動いたりしていなければ測定できますが、プローブの挿入の仕方や、耳垢や中耳の滲出液によって結果が大きく影響され、要検査となる頻度が、AABRより高くなります。また、内耳より中枢に異常がある聴覚障害は検出されません。しかし、スクリーニングにかかる費用はアルゴより少額で済みます。

 難聴の約半数は、先天風疹、重症仮死などのハイリスク児ですが、残りの半数は、出生時には何も異常を示さない児であり、これらの児を発見するためには、全出生児を対象に聴覚スクリーニングを行う必要があります。また、早期療育の効果がもっとも期待されるのは、このような他の合併症を持たないローリスク児です。

 新生児スクリーニングにより、早期に聴覚障害を発見し、補聴器をつけての聴能訓練や言語指導などの早期療育を行うことにより、良好な言語発達が得られたことが、米国から報告されています。現在行われているマススクリーニングの中フェニルケトン尿症は8万人に1人ですし、最も発症頻度が高いクレチン症でさえ、5000人に1人の発症頻度です。これらに比して、我々の成績では先天難聴の頻度は、830人に1人であり、格段に発症頻度が高く、全出生児対象のユニバーサルスクリーニングを行う意義は十分にあるといえます。

 また、聴覚障害児の早期診断・早期療育を行うためには、早い時期にスクリーニングを行う必要があります。出生施設入院中に聴覚スクリーニングを実施することが望ましいのは、次の理由が挙げられます。検査は児の自然睡眠下に実施しますが、入院中であれば、児の状態を見計らって適切な時間に検査が容易に出来ます。また、入院中が、全員を把握しやすいことです。1か月健診、3か月検診時にスクリーニングを実施してはどうかという意見もありますが、もし、スクリーニング時期を退院後にした場合には、1回のスクリーニングを実施する所要時間が長くかかり、全員を把握する事はより困難になります。

 さて、スクリーニングの結果をどのように考えればよいかという点ですが、スクリーニング結果が ”正常”であれば、先天難聴は否定されたと考えられます。しかし、生後におこる中耳炎やおたふくかぜによる難聴や、まれなものですが進行性難聴は発見できないので、注意が必要です。また、”要検査”の場合は、あくまでも、精密検査が必要であるということであり、ただちに聴覚障害を意味するものではありません。

 スクリーニングで”要検査”となった例に対しては、精密検査として、まずABRを行います。この結果が異常である場合には耳鼻科的診察や行動聴覚検査など専門的な検査が必要です。出来るだけ早く、小児の聴覚障害を診断できる専門機関で確定診断を行う必要があります。

 確定診断後に、早期療育に入りますが、聴覚障害児のコミュニケーションを早期に確立できるよう、まずその基盤となる、母子関係、父子関係をしっかりしたものにするためにの両親への支援、教育が必要です。

 基本的には聴覚口話法、手話など保護者が希望するコミュニケーション法が選ばれますが、両親は健聴である場合が多いので、聴覚口話法を主にすることが多く、この場合にはできるだけ早期に補聴器を装着して、聴能訓練、言語訓練が行われます。現在、難聴幼児の教育を行っているのは、全国で26か所ある厚生省管轄下の難聴幼児通園施設と聾学校幼稚部の教育相談です。

 さて、新生児聴覚スクリーニングの費用負担につきましては、健康新生児にスクリーニングとして実施する場合は保険給付の対象にならないため、現在は自費診療で行われています。厚生省は平成12年10月から3年間、年間5万人規模のモデル事業として新生児聴覚スクリーニングを実施する予定ですが、この場合は費用の3分の1は国が、3分の2は都道府県が負担する事になっています。このモデル事業で3年間実施後、全国実施へ進む予定になっています。