平成12年5月8日放送

 医療情報開示−診療録開示の実施について−

 日母産婦人科医会常務理事 佐藤 仁

はじめに

国や自治体の公的文書の開示に始まった情報開化の波は、次第に個人情報にも及び、ついに診療情報開示にまで達しました。日本医師会では、早期からこのような事態に備え、「診療情報提供に関するガイドライン検討委員会」を設置して数々の論議を重ね、平成11年4月「診療情報提供に関する指針」をまとめ、発表し、関係各方面への周知徹底を図ってきましたが、診療情報開示法制化の動きとのにらみ合いから平成12年1月1日からの実施となりました。

今回は日医の指針および補足説明の概略を簡単に説明し、日母会員としての対応や産婦人科として留意すべき点について述べます。

基本理念

診療情報の提供に関する指針の基本理念は、診療情報を積極的に提供することにより、患者が疾病と診療の内容を十分に理解し、医療の担い手である医師と医療を受ける患者とが相互に信頼関係を保ちながら共同して疾病を克服することを目的としています。一次的には患者が自分の診療情報を知ること。二次的には転医または他の医師の意見を求めたいと望んだ場合の情報提供を目的としており、裁判を前提とする場合、あるいは予想される場合はこの指針は適応されません。

医師は、患者に対し診療情報を口頭による説明、説明文書の交付、診療記録等の開示等、適切な方法をもって懇切に説明・提供することに努めるとしています。つまり日常診療において、患者に診療情報を提供する手段の一つに、診療記録等の開示を新たに付け加えるというのが今回の指針の基本と解釈されます。ここでいう診療記録等は、医師法に定める診療録のほかに検査記録、看護記録等の一切が含まれています。

開示による情報提供

医師および医療施設の管理者は、患者が自己の診察録の閲覧、謄写を求めた場合には原則としてこれに応ずるものとしていますが、原文を閲覧、謄写が不適切である場合に、要約書でも良いとしています。現在の診療録には医療関係者が感じた主観的印象などが率直に記載されている例があるため、そのまま患者に見せコピーすることが、医師・患者関係を破綻させる要因となりかねないとの理由によるものです。

診療録等の開示を求め得る者は、患者が成人で判断能力のある場合は患者本人のみです。代理請求の場合は、本人が開示に同意していることを確認するとともに、疑問を感じた際には開示を拒否してよい。患者以外のものに対して患者の同意なく診療記録等を開示することは、医師の守秘義務に反するからです。代理請求の際は、特に慎重を期するべきであり、15歳以上の未成年者についても、疾病の内容によっては本人のみの請求を認めることとしています。

開示を求める手続き

医療施設の管理者に対して、定めた規定に従い申請し、申請は書面によるものとし、医療施設は開示の可否を決め、本人であることを確認した上で開示する。開示にあたっては、医療施設側が日時、場所、方法等を指定でき、開示が不適切と判断した場合には、開示の全部または一部を拒否できる。医事紛争のための開示請求と思われた場合などは口頭で対応し、診療録のコピーは渡すべきではないとしています。

医師相互間の診療情報提供は、患者の診療のため必要があるとき、患者の同意を得た上で、その患者を診療した医師に対して直接提供を求めることができるとしています。

苦情に対して

開示に関する苦情受付の窓口を各郡市医師会に、苦情処理機関を都道府県医師会に少なくとも一つ、また日医にも一つ設置して対応し、この機関には、法律家等、医師以外の学識経験者を含むことが望ましいとしています。

この指針は、平成12年1月1日診療分から発効し、それ以前になされた診療については適用されない。また、この指針は原則として2年ごとに見直すとしています。

産婦人科医師の留意点

冒頭で診療記録等の開示の実施を「法制化とのにらみ合い」と表現した。一旦法律として制定されるとその改正は容易でなく、より良い医療を提供するための議論の場が失われる恐れがあると判断した今回の日医の決定は当然のことであり、我々も理解し協力実行するべきものと思われます。

開示の実施に際して

日医の指針に則り、手引き書等を参考に各医師会、医会、最終的には各医療施設がそれぞれの事情を考慮したシステムを作り、実行することになります。また実施後もより良い医療を求め、検討や改善を重ねていくことが肝要でしょう。苦情受付窓口は、医師会内に設置されますが、一定規模以上の施設では、施設に窓口を設け、まず相談等に努めなければなりません。いずれにしても開示前段階での口頭による十分な説明が重要であり、安易なカルテコピーは避けるべきです。

満15歳以上の未成年者の人工妊娠中絶術実施や、性行為感染症治療など、診療を巡って未成年者と親権者が対立する場合、欧米では未成年者の意思を尊重すべきとの意見が大勢であり、日医の指針もそれに沿っています。現在、女性の権利を配慮した母体保護法改正案が検討中であり、成立後は同法の趣旨に従うことになりますが、改正案も日医の指針と同じ考え方に立脚しています。

産婦人科医師としては開示を求めるものに対し、特に注意すべきです。産婦人科診療録には過去の妊娠歴等が記載されていますが、患者の配偶者や家族にそのことを告知しているとは限りません。開示により患者のプライバシーが侵害される場合があり得ます。

産婦人科の場合、実際の開示の場には、本人または本人立ち会いに限定されると考えられます。

今後の重要な問題点

「カルテの記載方法」があります。保険診療、自費診療、自治体委託検診などすべての診療記録が開示の対象になります。産婦人科医療には、健保分と自費分の診療が混在しているため、健保分と自費分のカルテ記載を明確に分離する必要があります。これは以前から求められていましたが、今後より厳密になされなければなりません。またレセプトの開示はすでに認められているのでレセプトと健保分のカルテとの整合性も求められます。

開示の第一歩は、開示に耐え得るカルテの記載に始まることは言うまでもありません。医師法により、医師は診療後遅滞なくカルテを記載しなければなりません。カルテは患者の主訴に始まり、理学的所見、検査結果、そして治療方針決定に至るまでの医師の思考過程と患者への説明内容が記載された医学的記録であります。過去の医学教育では、これらは医師のための文書と位置付けられていましたが、現在では同時に患者屋の個人情報でもあり、法的証拠物件でもあるとの解釈が一般的です。

まずカルテに対する認識を改めることからスタートしなければなりません。

日母に今後の対応を求める要望が多数寄せられており、各委員会で検討しています。しかしながら、ある医療機関ではすでに何年も前から日常診療の中でカルテ開示やそれに準じたシステムを採用しているかと思えば、またある医療機関ではカルテ開示は医療訴訟の一歩手前の行為だと考えているところもあります。一口にカルテ開示といっても、病院の規模や立地条件、医療機関によって捉え方や実施方法が異なるのが実情です。そのような状況の中で、一律なカルテモデルの提示は医療現場に混乱を与える恐れがあります。時間をかけて慎重に議論を重ねながら何種類かのモデルを作り、実情に合ったものを各施設が採用してゆく方式を考案中です。

おわりに

産婦人科は、医事紛争が最も多い科であることを認識した対応が求められます。そのためには、日常から十分なインフォームドコンセントに基づくより良い患者・医師関係の確立に向けた努力が必要です。開示に関しては、今後、様々な事例、問題に遭遇することが予想されます。また21世紀を控え、開示の問題に限らず予想を越えた変化が医療の現場に押し寄せてくることが考えられます。

日母としては、今後、日医の動静や医療を取り巻く様々な社会情勢を見極めながら対応していく方針です。