平成12年3月13日放送

 産婦人科手術におけるスカーレスヒーリングをめざして

 日本医科大学産婦人科教授 荒木 勤

 

 きれいな体であることは女性の大きな願いのひとつです。しかし帝王切開などの術後に肥厚性瘢痕やケロイドが残ることは、肉体的にも精神的にも日常生活に大きな苦痛となります。QOLが求められる現在では、Scarless wound healingは避けて通れない問題となっています。本日は産婦人科手術におけるスカーレスヒーリングを目指し、開腹手術と会陰切開術について、教室における手技を中心に解説したいと思います。

 まず開腹手術ですが、美しい創傷治癒が実現するためには、いくつかやってはいけない大原則があります。そのポイントを「べからず」集として順を追ってご説明いたしましょう。

 初めのポイントは、「インフォームドコンセントを怠るべからず」です。QOLを考慮しない手術は行ってはなりません。術前に、患者にわかりやすい言葉で、腹部切開創についてのインフォームドコンセントを十分にすることが大切です。

 次のポイントは、「無駄な剃毛はするべからず」です。剃毛の際には皮膚表面に細かい傷口を作り、感染のもととなってしまうことがあります。従って剃毛は必要最小限に止めることが大切です。

 3番目は、「術野の皮膚切開は過大に行うべからず」です。切開創が大きく深いほど、創面の治癒過程は遷延し、目立った瘢痕を作りやすくなります。従って切開の大原則として、創面を必要最小限とすることが挙げられます。その意味で近年応用が進んでいる腹腔鏡手術は、Scarless wound healingの点からも非常に有用であるといえましょう。

 4番目は、「切開部位を考えずにメスを加えるべからず」です。皮膚切開にはいくつかポイントがあります。まず、恥骨付近は肥厚性瘢痕の好発部位ですから、メスはいれないということです。正中切開の際、恥丘部への切開延長はその皮膚縫合に際し緊張がかかりやすく、太く隆々とした肥厚性瘢痕ができて疼痛の原因になることがあります。次のポイントは皮膚切開の方法です。鋭角かつ直線的に一気にメスをいれ、表皮付近は電気メスを使用しないことが大切です。腹部下部横切開(Pfannenstie incision)の際には腹壁を上方から恥骨にむけて圧迫し、皺が最も深い部分を切開線の目標として弓状の切開を行います。この時、切開線を横一直線にとると傷の接着にアンバランスが生じ、肥厚性瘢痕ができやすいことが多いので注意が必要です。

 5番目は、「縫合糸は太めのもの、針は太く大きいものを用いるべからず」です。Scarless wound healingのためには糸の選択は極めて重要です。理想的な縫合糸の条件は、すべりがよくてほどけにくく、組織反応が少ないものであります。一般的には合成糸の方が天然繊維よりも、また、モノフィラメントの方が撚り糸、編み糸よりも感染の原因になりにくいといわれています。従って縫合には合成吸収糸を用い、必要十分ならばできるだけ細いものを用いることが大原則といえましょう。また、針が大きいと必然的に針穴も大きくなり、組織の損傷も増大します。従って針貫通部の損傷をより少なくするためにも、針つきの細い糸を使用すべきでしょう。

 6番目は、「切開創面を強く締めるべからず」です。創面をほどよい強さで縫合するのがScarless wound healingの最も重要なコツです。縫合に際して強く締めすぎた場合は血行障害をおこしたり、創面が開いたりして肥厚性瘢痕の原因となります。

 縫合操作でもうひとつ大切なことは、縫合時に創傷治癒を妨げないようにatraumaticな操作を心がけることです。つまり、皮膚組織を愛護的に扱い、皮下血管網への血流の遮断や皮膚組織の挫滅を防ぐことが、スムーズな創傷治癒につながるです鑷子なども大きい鉤をもつものはさけるとよいでしょう。

 7番目は、「切開部位に死腔をつくるべからず」です。縫合がゆるすぎると真皮や皮下組織に死腔ができ、創液がたまりやすくなります。そこに血行障害や感染などをおこし、創面の治癒を遅らせ、肥厚性瘢痕の誘因となります。

 8番目は、「創面の止血を怠るべからず」です。止血をおろそかにするとヘマトーマを形成し、それが細菌感染を助長し、創面の離開、さらには瘢痕治癒にいたることが多く認められます。従って切開部およびその周辺の出血部位を確実に止血しておくことが大切です。また、止血の際には電気メスをむやみに用いると組織の壊死を招くことがあるので、電気メスの特性を十分理解したうえで用いることが大切といえましょう。

 9番目は、「切開創部の清浄化と感染防御を怠るべからず」です。前述のように創面の感染は治癒過程に重大な影響をもたらします。十分に切開創を消毒しておくことが肝要です。

 10番目は、「創面の密着を怠るべからず」です。美しい創傷治癒には切開の創面をきっちりあわせ、段差を生じないようにすることが大切です。皮膚の縫合は、真皮縫合と表皮縫合に分けられますが、なかでも真皮の縫合が最も重要です。肥厚性瘢痕は真皮内に生ずる増殖性の線維腫であるので、真皮にかかる緊張力を極力なくすことが縫合のコツといえましょう。そのためには減張縫合にて、創面よりやや離れた真皮に糸をかけて引き寄せ、縫合部の皮膚が盛り上がるようにするとよいでしよう。表皮はさらにテープで固定し、創の安静と創縁にかかる緊張を予防しておきます。

 最後のポイントは、「術後感染の予防を怠るべからず」です。創面の細菌感染は、治癒過程に重大な影響を及ぼしますので、切開創の消毒、抗生物質の投与を十分にすることが大切です。また、術後には肥厚性瘢痕の予防のために、トラニラストの投与やハイドロコロイドのシートの貼付なども有効です。

 次に会陰切開のScarless wound healingのお話をしましょう。我が国では正中側切開および結節縫合が主に行われてきましたが、激しい疼痛、予後の悪さ、醜い傷痕の可能性など、QOLに問題を残しています。本日は我々が行っている会陰正中三段切開法と皮下連続逆Z縫合をご紹介します。

 ところで、正中側切開はなぜ創傷治癒に悪影響を及ぼすのでしょうか。それは切開創が斜めに存在するため、歩行のたびに創面に緊張がかかり、炎症が持続してしまうからです。一方、会陰正中部は腱組織で構成されており、切開しても出血や創面のずれがほとんどみられないので、正中切開はScarless wound healingに最適といえるわけです。次に会陰切開の縫合法ですが、細い合成吸収糸を用いる、死腔を作らない、強く結びすぎない、真皮をきれいに寄せる、などの原則は会陰切開でも開腹手術でも同じです。我々は4−0の合成吸収糸を用い、皮下組織と真皮を逆Zを描くように連続的に運針していきます。こうすると皮膚は創面が接触する程度にゆるやかに縫合され、術後の疼痛や腫張もみられず、瘢痕も全く形成されません。

 以上、私どもの教室で行っておりますScarless wound healingの実際を解説させていただきました。皮膚切開の方向、適切な針や糸の選択、縫合法、atraumaticな操作、厳重な感染予防などが大切なポイントとなります。また近い将来には瘢痕を残さない新しい皮膚接着剤の登場も期待されております。患者さんの精神的・肉体的苦痛からの開放と術後のQOLの向上をめざすScarless wound healingは患者さんと医師、両者にとって大きな願いであります。