平成12年1月31日放送

日母小冊子「常位胎盤早期剥離」より

東京女子医科大学母子総合医療センター教授 中林 正雄

 

 本日は常位胎盤早期剥離についてお話し致します。

 常位胎盤早期剥離、以下早剥と略しますが、早剥は、激烈な下腹痛や「板状硬」と表現される子宮の変化が突発し、その結果、胎児死亡を来すとともに、母体にDICが発生する極めて重篤な疾患です。これまでは早剥が発生した場合は、母体の救命を第一とし、ついで妊孕性維持のための子宮温存に治療が集中していたため、胎児救命は偶発性に依存しており、運がよければ胎児の救命ができるといった状態でした。

 しかし、近年の分娩監視装置や超音波断層装置の普及により、本症の比較的早期の診断が可能になってきたことで胎児の生命予後が改善され、かつては不可抗力とされた胎児死亡や新生児の後障害が、現在ではその管理を中心に医事紛争として増加しているのも現状です。

 早剥の定義は、「正常位置に付着している胎盤が、妊娠後半期または分娩経過中に、胎児娩出前に子宮壁から部分的または完全に剥離し、ときに重篤な臨床像を呈する症候群」と定義されています。

 発生頻度は全分娩の0.5〜1.3%ですが、重症例は全分娩の0.1〜0.2%程度といわれています。

 早剥の重症度分類はPAGEの分類がしばしば使用されます。すなわち軽症、中等症、重症に分類されます。

 臨床症状は重症度によって異なります。初発症状として多いのは胎児心拍数異常、切迫早産の子宮収縮と類似した周期的子宮収縮、または不規則なさざなみ状収縮と外出血です。

 軽症例では、胎盤娩出後にはじめて診断される無症状のものもあります。また、急激な下腹痛、突然起こる子宮の持続的な疼痛、子宮の硬化、いわゆる「板状硬」が初発症状であることも多いのですが、胎盤が子宮後壁付着の場合は、子宮硬直の症状が出にくいので、診断が困難なことがあります。また外出血、血性羊水を示すことも多く認められます。一方重症例では、発症直後に胎児死亡をきたし、子宮内大量出血のため母体はショック状態となり、DICが出現します。

 分娩監視装置による胎児心拍数図所見としては、胎児仮死徴候を示しますが、胎盤の剥離面積や剥離速度により様々なパターンを呈します。すなわち胎児頻脈、一過性頻脈の消失、遅発性一過性徐脈、sinusoidal pattern、基線細変動の減少や消失、持続性徐脈などです。早剥の早期診断としては初期症状に多い胎児心拍数異常、切迫早産の子宮収縮と類似した周期的子宮収縮、または不規則なさざなみ状収縮に注意する必要があります。

 胎盤の超音波像の異常所見は初期には認められないことが多いようです。また、超音波検査所見としては血腫の確認が重要な所見ですが、胎盤の剥離直後は血腫を胎盤実質から区別することはかなり困難です。時間とともにはじめは高エコー領域の凝血塊として確認されますが、次第に溶解して低エコー領域へと変化して、エコーフリースペースを形成します。早剥の完成期に近づくと胎盤の端が丸みをおび胎盤は肥厚してきます。臨床検査所見としては、貧血、出血時間の延長、凝固時間の延長、PTの延長、APTTの延長、血小板数の低下、血沈の遅延、fibrinogenの低下、AT IIIの低下、FDPの上昇などが認められますが、出血量とDICの程度により異なります。

 次に治療ですが、早剥に対する治療の基本は (1) 全身状態の管理、(2) 子宮内容を速やかに除去する、(3) DICの予防・早期離脱です。

 全身管理としては、

(1) 血管確保を行い、輸液を開始し、輸血の準備をします。

(2) 血算、出血時間、凝固時間、PT、APTT、血沈、fibrinogen、AT III、FDP、生化学、尿蛋白などを調べ、ショック、DICに対応します。

(3) 出血量を評価し、必要量の輸血を行います(凝固因子の低下が推測される場合は、新鮮凍結血漿、血小板輸血やAT III製剤を追加します)。

(4) 膀胱カテーテルを留置し、尿量測定を行います。

(5) 児が生存している場合は分娩監視装置を装着し、連続監視を行います。胎児仮死徴候が認められない例でも、急速に胎児の状態が悪化することがありますので厳重監視が必要です。

(6) 早剥では多くの場合帝王切開が行われますので、それに備えて全身状態の管理を行います。

 一次医療施設からの母体搬送の時期ですが、妊娠週数に関係なく、早剥が疑われれば、早期に高次医療機関に母体搬送することが望ましいと考えます。その理由は早剥では、発症から児娩出までの時間が長いと、児の予後は不良となり、児死亡は高率となります。さらに母体はDIC、多臓器不全などの重篤な合併症の発症が高率となるからです。

 分娩の時期、方法ですが、早剥と診断されたら、可及的速やかな妊娠継続の終了が原則です。分娩方法の選択は、胎児の状態、すなわち胎児生存、胎児仮死、胎児死亡、母体のショック状態、DICの有無、分娩終了までの予測時間などによって異なります。

 胎児が生存している場合は、DICが合併している可能性は少なく、胎児仮死の状態にあることが多いので、帝王切開が選択されることが多くなります。

 一方、胎児が死亡している場合は、母体のショック・DICが合併している可能性が高いので、ショック・DICに対する検査、治療を行ってから、帝王切開を行います。ただし、子宮口が全開大近くで、2〜3時間以内に分娩終了の見込みがあれば、経腟分娩をめざしてもよいといわれています。

 母体ショック・DICの治療をせずに開腹手術を施行すると、致命的な出血をきすことがあるので注意を要します。

 胎児娩出後は、子宮収縮不全により弛緩出血となることが多いので、積極的に子宮収縮の促進を行います。子宮筋層への血液浸潤が強く、子宮胎盤溢血の状態にある場合は、子宮摘出も止むを得ず考慮しなければなりません。

 DIC対策ですが、DICが認められる場合は濃厚赤血球、新鮮凍結血漿、血小板濃厚液の輸血、AT III製剤、ウリナスタチン、メシル酸ガベキサート(FOY)、ナフモスタット(FUTHAN)などを投与し、凝固系、線溶系の正常化をはかります。

 早剥の予後ですが、母体死亡率1〜2%、児の周産期死亡率は20〜80%といわれています。早剥発症のリスク因子としては妊娠中毒症、絨毛羊膜炎、外回転術などがあります。本症は、最近の周産期管理においても予知が極めて困難であるため、周産期死亡や母体死亡に密接に関与する重要な疾患です。なお、前回本症を発症した場合には、反復率が5〜10%と極めて高率となるので厳重な管理が必要です。

 ちなみに、早剥に関する最近の医事紛争例をご紹介いたします。

 症例は、下腹部の緊張を主訴とする妊娠中毒症の妊婦に、入院後十分な監視を怠ったために早剥によって胎児が死亡したとする請求に対して、入院時の分娩監視装置記録や超音波検査に異常はなく、早剥の早期発見は不可能であったこと、また発見できた時点では帝王切開などによって胎児の死亡を回避することは不可能であったことを認定し、胎児死亡について担当医の過失を否定する判決がある一方で、肥満、妊娠中毒症、予定日超過という状態の妊婦に、慎重な分娩監視を行わず早剥により胎児が死亡したとする請求に対して、胎児徐脈(LDと判断)があるにもかかわらず、分娩監視装置を持続的に装着しなかったことが過失であるとされ、医療側敗訴となっています。

 また、助産婦が分娩監視装置の適切な観察を怠ったために、分娩中に生じた早剥によって胎児仮死となり、低酸素症によって新生児に脳性麻痺を来したとする請求に対して、分娩監視装置によって胎児心拍の状態および陣痛曲線との関係を注意深く観察すべきところを、助産婦が耳で胎児心音を聞いていただけであったことは過失であるとされています。

 これらの医事紛争例からも、私達産科医は早剥に対する十分な知識を有すると同時に妊産婦の周産期管理を慎重に行うことが、患者および医師の双方にとって大切なことであると痛感いたします。