平成12年1月10日放送

 アレルギー性結膜炎

 横浜市立大学医学部眼科学教室 内尾 英一

 

I. はじめに

 平成5年度の厚生省アレルギー総合事業疫学調査班によるフィールド調査によれば,眼掻痒(そうよう)感 -眼のかゆみ- を持つものは,全人口のうち小児(15歳未満)の16.1%,成人(15歳以上)の21.1%で,医師によってアレルギー性結膜炎と判定されたことがあると答えたものは小児の12.2%,成人の14.8%です。このことから全人口の約15〜20%がアレルギー性結膜炎を有していると推定されます。ただし,アレルギー性結膜炎の発症は生活環境に密接に関連し地域差が大きいので,地域によってはこれより高率のところもあると考えられます。しかし,本症の発症頻度増加は明らかであり,眼科臨床においてきわめて頻度の高く,その中でも最も頻度の高い花粉性結膜炎の管理は重要です。

 

II.症状と診断

 最近提唱された日本眼科医会アレルギー眼疾患調査研究班の定義によりますと「I型アレルギーが関与する結膜の炎症性疾患で,何らかの自他覚所見を伴うもの」をアレルギー性結膜疾患とし,その中で結膜に増殖性変化が見られないアレルギー性疾患がアレルギー性結膜炎です。増殖性変化とは結膜や角膜の炎症性変化がきわめて強いもので,春季カタルがその典型です。これはアトピー性皮膚炎の重症例,中でも成人型の難治性顔面紅斑を呈する症例に高率に発現し,不可逆性の変化や視力障害を残すことが少なくありません。これに対し,狭義のアレルギー性結膜炎ではこのような病変は通常存在せず,症状の軽快とともに病変も消失することがほとんどです。症状の発現が季節性のものを季節性アレルギー性結膜炎とし,特に花粉によって引き起こされるものを花粉性結膜炎と呼びます。季節性アレルギー性結膜炎の原因抗原の大部分は種々の花粉ですが,関東地方を例にとると,2-5月にはスギ科,5-7月はカモガヤ科,7-9月はブタクサ科,10-12月にはヒノキ科と花粉の飛散には実際には切れ目がありません。ただし,スギは北海道を除き,全国の広い範囲で植林事業が行われた結果,大量の花粉の飛散を生じ,とりわけ,雨天の翌日の晴天日に殻が破けて飛散することはよく知られています。花粉性結膜炎はアレルギー性結膜炎の2/3ないし3/4を占めると推定されます。季節性あるいは気象,気温の変化による増悪,寛解がありますが,症状の発現が通年性のものを通年性アレルギー性結膜炎として,季節性のものと区別していますが,臨床像に関して両者に大きな差はみられません。花粉性結膜炎患者はスギ(82%),ダニ(37%),ヒノキ(36%)と高い特異的IgE抗体保有率を示しており,重複したアレルゲンを有していることも本症の重要な特徴です。スギ以外でもダニやハウスダストに対して40%に近い抗体保有率を呈していることは注目すべき点です。外国ではいわゆる枯草熱によるものがあり,スギが存在しない北海道ではシラカバによるアレルギー性結膜炎も報告されています。アレルギー性結膜炎の自覚症状は痒み,流涙,異物感が主で,眼脂は多くないのが特徴です。約60%の症例ではアレルギー性鼻炎を合併しています。結膜炎症状の強い例では咽頭刺激感や発熱などの気道症状を合併することもあります。鑑別診断としては,アデノウイルスやエンテロウイルスなどによるウイルス性結膜炎は流涙,眼脂が主で耳前リンパ節腫脹が見られます。かつて大変に多かったトラコーマは現在は見られず,クラミジア結膜炎は新生児や性的活動期の成人に封入体性結膜炎として見られることがありますが,濾胞が強いのが鑑別点です。細菌性結膜炎はアレルギー性結膜炎のように両眼性となることはまれで,粘液膿性の眼脂を呈します。本症の結膜にはリンパ球の集まりである濾胞や上皮の炎症性増殖である乳頭が見られますが,巨大な乳頭など春季カタルのような増殖性病変は生じません。乳頭は中等症の通年性アレルギー性結膜炎になると結膜円蓋部を越えて広がるようになります。一方,角膜にも点状表層角膜症が観察されることがあります。おおよそ,痒みは結膜濾胞によって生じ,流涙・異物感は結膜乳頭や角膜病変が瞬目時に機械的な刺激となって生じるものと考えてよろしいと言えます。以上の所見の中で,角膜びらんの所見には結膜杯細胞の減少によるドライアイによるものも含まれており,花粉性結膜炎で掻痒感が長期にわたる場合はドライアイの合併も考慮を要します。ドライアイ合併例では抗アレルギー薬に加えて,ヒアルロン酸などの涙液補充治療をあわせて行う必要があります。

 

III. 検査

次に診断的な検査についてお話しします。アレルギー性結膜炎に特異的な検査法はありません。診断は臨床的に行われますが,眼科臨床レベルで可能な検査は多数あります。大別すると,眼局所で起こっているアレルギー性反応を証明する方法と,全身アレルギー反応の検査およびアレルギー誘発検査の3種類になります。まず,眼局所のアレルギー学的検査にはアレルギー反応の代表的な細胞である好酸球の検出,これに加えて遅発型反応など慢性的なアレルギー反応において出現するリンパ球など血液由来炎症細胞の検出のためのキットがそれぞれあり,いずれも眼科の日常臨床においてよく行われています。得られる細胞数を増加させるには点眼麻酔後,眼角部の涙液を拭き取った後,上眼瞼結膜を反転させるのがよいでしょう。結膜分泌物中に好酸球が証明されれば,たとえ1個であってもアレルギー性結膜炎と診断して差し支えありません。涙液中のIgEや涙液ヒスタミンなどには半定量的な測定装置が導入されていますが,まだ研究レベルの検査にとどまっています。全身のアレルギー検査についてはRASTやMASTなどの数多くの検査法がありますが意味合いは喘息やアトピー性皮膚炎など他のアレルギー性疾患と同様です。点眼誘発試験は簡便法ではスクラッチテスト用アレルゲンエキスを10倍に希釈して,結膜嚢内に点眼し5-10分で痒みが出現するか,点眼15-30分後に結膜分泌物を採取,鏡検して好酸球が存在すれば本症と診断します。点眼誘発によりアナフィラキシーショックが生じることはまずありませんが,注意は必要です。

 

IV. 治療

(1) 抗アレルギー薬

次にアレルギー性結膜炎の治療法に触れます。本来,アレルギー性結膜炎は抗アレルギー薬点眼のみで治癒することが多く,抗アレルギー薬は後で述べるステロイド薬とは異なり長期連用によっても,眼圧上昇や白内障などの副作用を生じることがないので,アレルギー性結膜炎の治療においては第一選択となる薬物です。ステロイド点眼薬は単独では用いず,抗アレルギー点眼薬で不十分な際に併用します。抗アレルギー点眼薬は化学伝達物質遊離抑制剤単独(例えばクロモグリク酸ナトリウム,アンレキサノクス,ペミロラストカリウム,トラニラストなど)のものと抗ヒスタミン作用を併せ持つ薬剤(ケトチフェン)とが臨床で使用可能です。ただ,点眼薬に関しては,抗ヒスタミン作用を持つ薬物と持たない薬物の間には治療効果における差は見られないと言われています。抗アレルギー薬にはプラセボ効果もある程度見られますが,一般にその効果は飛散花粉量に反比例するとされます。実際には薬物の半減期などにより,多くの点眼薬が1日4回点眼を原則としますが,1日2回点眼のものもあり,仕事や学校の事情により十分な点眼回数を確保できない症例に適しています。なお,長期間の連用により接触性眼瞼皮膚炎を生じることがあるので注意を要します。抗アレルギー薬の経口投与については花粉性結膜炎における効果の検討は不十分です。現在,抗ヒスタミンおよび化学伝達物質遊離抑制作用を併せ持つエメダスチン,アゼラスチン,H1特異的アンタゴニストであるレボカバスチン,血小板活性化因子拮抗薬のアパファントおよび免疫抑制薬のシクロスポリンなどが臨床試験されています。研究段階でもサイトカイン産生抑制薬などの全身投与薬の点眼応用が検討されています。今後,アレルギー性結膜疾患に対する点眼薬の種類はさらに広がっていくと予想されます。

(2)初期療法による予防治療

スギ花粉症のようにあらかじめ発症時期が予測可能な場合には,花粉飛散がピークになる前に抗アレルギー薬点眼を開始することも可能ではないかということから考えられたのが抗アレルギー点眼薬による初期療法です。最近の花粉測定法の進歩により,花粉の実際の飛散時期は従来の時期より早期に開始していることがわかってきました。したがって,「予防」というよりも花粉飛散量があまり多くない時期から治療を開始するという意味あいから「初期療法」と呼ばれています。初期療法の開始時期はスギ花粉の飛散開始の約2週間前またはそれ以前,すなわち東京においては通常のスギ花粉前線到来日の2月14日から計算して1月下旬から2月初旬に抗アレルギー薬点眼を開始するとされています。点鼻治療も併用が望ましいといわれていますが,その理由は鼻内でIgEを介する即時型反応が起こり,遊離したヒスタミンが鼻粘膜三叉神経を刺激して神経反射を誘発し,三叉神経を介して眼表面において花粉性結膜炎の眼症状を来すと考えられるからです。

(3)減感作療法

減感作療法は唯一の原因療法ですが,(1)即効性がなく,頻回かつ長期の注射が必要なこと,(2)病因抗原投与による局所及び全身の過剰反応(喘息発作,蕁麻疹,アナフィラキシーショックなど)のおそれがあること,(3)季節性アレルギーの主たる抗原であるスギに対する効果判定に少なくとも2シーズンを要する,などの理由から眼科ではあまり行われてはいません。有効な症例が存在するのは事実ですが,報告により効果はまちまちであり,その原因として現在用いられているスギのアレルゲンエキスに含まれる有効な蛋白成分の量が不足していることが考えられています。

(4)ステロイド薬

抗アレルギー点眼薬は効果発現までに期間を要するので,患者の苦痛をすばやく取り除くためにはステロイド点眼薬をしばしば併用せざるを得ません。眼圧上昇,白内障などの副作用には作用の強さに依存するものと投与量(期間)に依存するものがあります。症状に応じてできるだけ作用の弱いものを用いるのが原則です。たとえば,0.1%フルオロメトロン点眼薬は0.1%ベタメタゾン点眼薬に比べて眼圧上昇が1/8です。ただ,眼圧上昇をきたす,いわゆるステロイドリスポンダーは何らかの遺伝的な因子に規定されていると考えられています。従って,ステロイドリスポンダーでない症例ではステロイド緑内障などになる可能性は少ないと考えてよろしいです。ただ,10歳未満の小児では眼圧上昇に特に注意が必要です。一般に,角膜上皮障害があっても,抗菌薬,角膜上皮保護薬の併用は不要のことが多く,これらを含め使用する点眼薬の種類は最小限であることが望ましいといえます。

(5)抗原回避

 花粉に接触しないように枠に工夫された防塵眼鏡やフィルターの入った防塵マスクが考案され,次第に用いられてきています。好天で風の強い日には外出を控え,家の戸・窓を閉じて花粉の侵入を防ぐ。帰宅時や屋外で乾燥させた衣類・寝具を取り込むときには,衣類などに付着した花粉を屋内に持ち込まないようにするといった一般的な対処法が推奨されています。

 

V. おわりに

 近年免疫学やアレルギー学の進展により花粉性結膜炎を含むアレルギー性結膜炎についての研究は著しく進んでいます。その結果,アレルギー性結膜炎症には,免疫学的およびアレルギー学的な機序のほか,免疫遺伝学的な特徴や環境要因なども関与していることが明らかにされてきています。しかし,解明されるべき部分はまだ多く,臨床的および基礎的研究の進展による新しい点眼治療薬の臨床応用などの進歩が期待されます。