平成11年10月25日放送

 第40回日本母性衛生学会総会ならび学術集会を終えて

 第40回日本母性衛生学会会長 住吉 好雄

 

 日本母性衛生学会は、初代理事長森山豊先生(元日母会長、元恩賜財団母子愛育会総合母子保健センター長)、2代目理事長松本清一先生(現日本家族計画協会理事長、元愛育病院3代目保健部長)ら、愛育病院の保健部長の経験者が中心になり、当時世界でスリランカに次いでワースト2であつた日本の「妊産婦死亡率」を改善するために、医師、助産婦をはじめ関連の職種の人々がともに学習、研究をして協力できるような体制を作らなければならないという目的で昭和34年に創立され、昭和35年11月18日に東京九段会館で、久慈直太郎先生を会長として、第1回日本母性衛生学会が開催されました。その時の一般演題数は22題で「妊産婦保健指導の問題点と打開策」と題して5名の演者、座長森山豊先生でパネルディスカッションがおこなわれております。以来関係者の努力で、当時非常に悪い数値を示していた母子保健の水準を示す「乳児死亡率」「周産期死亡率」等はめざましく改善され、両者は現在世界のトップレベルの値を示しております。一方「妊産婦死亡率」は遅ればせながら、先進諸国と同じレベルにまで改善され、現在世界で6位を示しております。

 また日本母性衛生学会も順調に発展し、会員数は約6,300名で、その内訳は1位が助産婦、3,992名で63.6%、2位が医師1,318名で21%、3位が看護婦381名で6.1%、4位が保健婦74名、1.2%の順になっております。本年の学術集会には、411題の一般演題の発表があり、2,533名の会員が出席し、いずれの会場も超満員の盛況でありました。

 学会創立当初の中心課題は、周産期の疾病や異常の対策と予防で、対象となる「母性」は主として妊産婦を意味しておりました。1965年母子保健法の制定で、それまで児童福祉を中心とした妊産婦、乳幼児保健対策が、広く母性の保護と尊重の理念を明らかにし、母子一貫した総合対策として、推進されるようになり、周産期だけでなく、子育てをも含め子供を産み育てる基盤としての母性が重視されると共に、育児における父性の重要性から「母性保健」から父性を含めた「家族保健」への展開が図られ、思春期における「健全母性の発達」も重要な課題となってまいりました。1974年以来わが国の出生率が年と共に減少し、少産少子化への対応が母性の重要課題となると共に少子化時代における健全な子供の育成が重視され、母子保健は健全な母子をより健全にすることが課題になってまいりました。

 一方、1994年以来、家族計画や母子保健はリプロダクティブ・ヘルス/ライツと言う広い視点で捉えられる事が、世界の流れとなっております。その中でわが国の少子化の主因は、未婚・晩婚化の急速な進行にあることや、その対応が1998年厚生省人口問題審議会報告書等で論じられ、この様な議論や、世界と日本の今後の人口動向をふまえると21世紀に向けての「母性」のあり方には発想の転換や価値観の変革が必要とされております。1999年から2000年代への転換と言う重要な年にあたる本年に、本学会も記念すべき第40回を迎え、しかも1859年横浜港開港と同時に横浜に来日したヘボン博士によって、近代医学の発祥の地となったこの横浜市において開港140周年の記念すべき年に開催できました事は、大変嬉しく思っております。また本年はわが国における助産婦(産婆)制度が制定されてから丁度100周年にあたる事から、改めて助産婦の教育制度や今後の助産婦活動のあり方等を見直す絶好の機会と考え、シンポジウム、ワークシヨツプは全てこれらの問題を取り上げさせていただきました。

 本学術集会のスローガンは「輝きを求めて―21世紀へ」と言うことで、20世紀に著しく発展し続けた文明の中、特に医学・医療の分野における恩恵を考えると同時に、それらが次の世紀に残した負の遺産についても思いを至すべく、特別講演、教育講演の演題を選ばせていただきました。

 先ず特別講演の第1は「生殖医療の最近の進歩と生命倫理」と題して、今世紀生殖医療の最大の進歩と言われる生命の誕生を実験室の顕微鏡下でおこなう体外受精とそれに付随しておこってきた減数手術、代理母など生命倫理上の問題点について、第一人者の山形大学広井教授に、第2は「文明がもたらした現代人の疾病構造の変化」と題して、薬剤の進歩などにより、従来人類と共生していた寄生虫類を完全に除去しようとしている現代人に、新たに花粉症はじめアトピー性疾患等のアレルギー疾患が登場し現代人の疾病構造が変化しつつあるという発想を医学的に裏付けられた東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授にお願いし、いずれも大変有益なお話しを聞くことが出来ました。

 また9年振りにやっと認可のおりた「低用量経口避妊薬の正しい使い方」と題して日本大学の佐藤和雄教授からご講演をいただき、翌日ランチョン・セミナーとしてOC発売元4社にOCに関するセミナーを実施していただき、会員にOCに関する十分な知識を得ていただく事が出来たものと思っております。

 また本年11月をその予防推進月間として、厚生省が実施することになっている「乳幼児突然死症候群SIDS」についての教育講演を名古屋市立大学の小児科戸苅創助教授にお願いし、明解なご講演をいただき、会員はSIDSについて十分な知識をうることが出来たと思っております。

 また21世紀は遺伝子診断、遺伝子治療の時代だと言われておりますが遺伝子とは何かという事から、関連することがらを「母性医療における遺伝医学」と題して新進気鋭の横浜市大産婦人科平原教授に解かり易く解説していただきました。また「分娩は安全か」と題して、お産は自然の営みであるから放っておくのが一番安全なのだという考えがなぜ間違っているか、昔非常に多かった「妊産婦死亡」「新生児死亡」「周産期死亡」などが適切な医学的管理下におかれるようになったからこそ今日の低い死亡率になったことを、東京都医師会理事樋口正俊先生から解かりやすく解説していただきました。

 またスペシャルレクチヤーとして藤尾ミツコ横浜市大看護短大教授に「母性とセルフケア」、東京大学助教授福岡秀興先生に「妊娠中の栄養」、聖マリアンナ医大教授堀内勁先生に「母乳栄養をめぐる諸問題」、大阪府立母子保健総合医療センター末原則幸先生に「周産期救急の現状と今後の課題」、札幌医科大学泌尿器科伊藤直樹助教授に「日本人男性の精子数は本当に減ったのか―札幌市における20年間の検討」、九州大学産婦人科野崎雅裕助教授に「更年期女性の骨と血管」と題してご講演をいただき、いずれも大変素晴らしいご講演で会員を大いに裨益するものでありました。

 本年は学会創立40周年にあたり、記念式典を行いましたが、日本医師会長坪井栄孝先生、日母会長坂元正一先生、元助産婦会会長伊藤隆子先生より御祝辞をいただき、また各都道府県よりご推薦いただいた40名の功労者の方々に岩崎理事長より感謝状が贈呈されました。また岩崎理事長より40周年記念講演「日本母性衛生学会40年のあゆみと今後の課題」と題してご講演があり、21世紀に女性保健に関与する者の取り組むべきいくつかの課題が提示されました。会長講演は「先天異常の予防について」と題して行われましたが、時間の関係で、若い妊娠する可能性のある女性は「葉酸」を0.4mg/日服用することで、神経管欠損症の70%が予防可能であることが強調されました。シンポジウム「世界各地の助産婦教育と助産業務」、ワークショップ「助産婦の未来とその展望」、「看護、助産技術の新しい試み」はそれぞれ、今後の助産婦教育、助産婦活動に示唆に富むご講演ならびに座長の先生方の適切なおまとめに対し心からお礼を申し上げます。

 最後に本会の開催にご支援、ご協力下さいました多くの方々に心から厚くお礼申し上げます。