平成11年9月20日放送

 日母先天異常モニタリング(1998年の結果および最近の傾向)

 日本母性保護産婦人科医会常務理事 住吉 好雄

 

 日本母性保護産婦人科医会(以後日母と略す)では、1972年(昭和47年)から、外表奇形等のモニタリングを、各支部よりご推薦いただいた約270の医療施設のご協力により、今日まで継続しており、この全国的で大規模な病院ベースの27年に及ぶモニタリングの成績はわが国では唯一の大変貴重なもので、国内はもとより、国際的にも東洋の先進国の成績として高く評価されております。1998年4月からは、厚生省の指定研究「わが国における先天異常モニタリング」として日母のこのモニタリングの他に現在わが国で行われており、県単位、人口ベースの3つのモニタリングプログラム(即ち神奈川県、鳥取県、石川県)と共同で、先天異常児の出生を監視しております。

 従いまして、本日は日母の調査成績の中で、減少傾向の見られる疾患、および増加傾向の見られる疾患について、それらのモニタリングの成績と比較したものをお示し致したいと思います。

 先ず日母の1998年の成績をお示し致します。

 対象出産児数は、96,303名で、同年のわが国の全出産児119万人の約8.1%にあたります。そのうち先天異常児1,449名で、先天異常児出産頻度は1.50%で、昨年の1.12%に比べてやや高い値を示しております。1997年よりマーカー奇形に心臓の先天異常(心室中隔欠損、動脈管開存、心房中隔欠損、ファロー四徴、大血管転移、左心室低形成)などをくわえ、1997年は240例の心疾患が、1998年は399例の心疾患が報告されたため全体の先天異常児出産頻度が高い価を示したものと思われます。1998年の成績のうち、母親の年令別奇形児出産頻度は、19歳以下の母親からの頻度が1.97%と35歳〜39歳までの母親からの頻度の1.81%を超え、40歳以上の母親からの頻度2.5%に次いで多く見られております。

 奇形児発見時期は妊娠中が、38.3%と最も多く、次いで出産時の34.8%、出産後の26.8%となっており、妊娠中に発見される率が初めて出産時よりも多くなっております。奇形の種類別発生順位は、1位が心室中隔欠損の134例(出生1万対13.9)、2位が口唇・口蓋裂の108例、3位がダウン症候群の100例、4位が水頭症の72例、5位が動脈管開存の59例、以下耳介低位、多指症(母指列)、多趾症(小趾列)、横隔膜ヘルニア、十二指・小腸閉鎖の順でありました。

 日母の成績で著しく減少を示しているものは、無脳症の18例(1万対1.9)で、1997年の20例(1万対2.0)を更に下回っております。無脳症につきましては、他の神奈川県、鳥取県、石川県の成績いずれも減少を示しており、これは22週以後の症例の報告のためで、ほとんど22週以前に発見され、人工妊娠中絶がおこなわれているためと思われます。

 日母の成績で増加傾向の見られている水頭症は、昨年の72例(1万対7.5、Z=5.3)で、有意に増加が見られました。しかし他の3つのモニタリングの成績では、いずれも減少または横這い状態でありました。次に増加傾向の見られた二分脊椎は31例(1万対3.2)で一昨年の35例(1万対3.5)より多少減少しております。他の3県のモニタリングでは、いずれも横這い或いは減少傾向を示しております。やや増加傾向の見られた尿道下裂は、34例(1万対3.5、Z=3.1)と有意の増加が見られております。他の3県の成績の中、鳥取県、石川県でも増加傾向がみられております。次に増加傾向の見られたダウン症候群は100例(1万対10.4、Z=2.8)で1997年の86例(1万対8.5、Z=0.8)よりやや増加がみられました。口唇・口蓋裂は2番目に多く見られ、108例(1万対11.2)で1997年の120例(1万対11.9)よりやや減少が見られております。昨年1位の心室中隔欠損は134例(1万対13.9)で1997年の70例(1万対6.9)の約2倍見られています。

 以上昨年の日母のモニタリングの成績をまとめますと、心疾患が前年の1997年の成績に比べ、増加が見られておりますが、これは先程述べましたように、マーカー奇形に取り上げてから2年目の成績で、これが真の増加か、診断技術の進歩、注目度の増加の結果等、いろいろ原因が考えられ、さらに2〜3年の経過観察が必要と考えております。そのほか水頭症、尿道下裂が有意に増加、ダウン症候群に増加傾向が見られました。これらの増加につきましては現在さらに詳しい疫学的分析をおこなっているところでございます。

 この先天異常モニタリングの究極の目的は、先天異常発生に係わる原因因子を究明し、除去することによって、更なる発生を予防することにあります。現在先進諸国における新生児・乳児の死亡原因の第1位はこの先天奇形によるものであります。わが国においても約10年前から1位は先天異常が占めており、1997年度の0歳児の死因の1位は先天異常34.2%, 2位の周産期に特異的な呼吸障害および心血管障害の14.6%を大きく上回っております。

 従って新生児、乳児死亡率を減少させるためには、この先天異常の予防ならびに早期治療が大きなウエイトをもっております。そこで各国ともこの問題に真剣に取り組んでおります。その1〜2をご紹介致しますと、先ずビタミンBの一種である「葉酸」投与による無脳症、二分脊椎、脳瘤の発生予防であります。妊娠する4週間前から妊娠12週までの間「葉酸」を0.4mg投与することにより、これら神経管欠損症の50〜70%を予防することが出来るといわれております。アメリカ、カナダ、ノルウエー、イギリスを初め約10カ国ですでに国をあげて妊娠する可能性のある若い女性にこのことを教育しております。

 また、ビタミンA(レチノール)は動物性食品に含まれる脂溶性の必須栄養素でありますが過剰に摂取すると外脳症、口唇・口蓋裂、眼の異常、心・血管系の異常、耳の異常などをきたし、逆に欠乏すると先天性眼球乾燥症、無眼球症、小眼球症、光彩欠損、網膜形成不全などをきたすおそれがあるといわれています。妊娠可能な女性については、ビタミンAの摂取量を、3,000IU以下とし、少なくとも毒性を示さないベータカロチンからの摂取を1/2以上に高める事が望ましいとされています。

 その他、現在世間を騒がせている環境汚染物質の中で、農薬、有機溶剤、内分泌撹乱化学物質などは、なるべく体内に入らないような生活の工夫、食物の選択などに心掛けるよう指導することが大切であります。

 その他、肥満(BMI.>29以上)女性では29以下の女性の約2倍に神経管閉鎖不全が見られたと言う報告も見られます。

 また一日20本以上の煙草を吸う女性では吸わない女性の2倍の頻度で口唇・口蓋裂が見られたという報告もみられます。

 妊婦の感染症では、風疹、サイトメガロウイルス、トキソプラズマ等が先天異常と深い関係がある事が知られております。薬剤ではサリドマイド、エトレチナート(チガソン)、イソトレチノイン(アキュテイン)、ジエチルスチルベステロールなどが催奇形、発癌性薬剤として知られております。また慢性疾患では、糖尿病、甲状腺疾患、てんかんなどが知られており、これらの疾患では治療により正常に戻した状態で妊娠を許可する事が大切です。