平成11年8月16日放送

 本年度、日母産婦人科大会ならびに日母創立50周年記念式典

 日母産婦人科医会会長 坂元 正一


 今年は日母産婦人科医会が誕生して満50年になります。日母産婦人科大会は9ブロックが回り持ちで開催いたしますが、最近の申し合わせで10年毎のワンディケード記念の大会は本部が主催することになっています。40周年に続いて今年も東京において本部が担当させていただきます。

 正式名称は第26回日母産婦人科大会・日母創立50周年記念式典。期日は平成11年10月16日(土)17日(日)の2日間。初日午後2時から日母生涯研修プログラム、午後6時から懇親会。第2日目は午前9時から開会、教育講演につづいて11時から式典で厚生大臣表彰をはじめ各表彰等が行われます。午後は1時から生命に関する特別講演、閉会で午後3時半に1999年の幕がひかれます。おぎゃー献金交付ポスター展示は2日間とも開催されます。

 場所は赤坂見附に新装になった日本都市センター会館コンベンションホールをメインに、懇親会を赤坂プリンスホテルのクリスタルホールで行うことに決定いたしました。国の方針で法人に対する事業締付けが厳しくなっていますので、節約ムードを如実に感じられるかもしれません。華やかでなくとも心に残る会にしたいと思っています。場所は東京の中心地、改築早々のホテル、気候が最も良くて何をやるにもよいシーズンです。デイ&ナイト、東京では皆様を自由にして差し上げるのが礼儀というものです。20世紀最後の本部主催の日母産婦人科大会、出来るだけ多くの方々の御参加を期待しております。

 ここで半世紀を経た日母の歴史を振り返っておきましょう。第二次世界大戦直後、焼け野が原で食物にも事欠くなか、復員や進駐軍の駐留の結果、望まざる妊娠を含めて人口爆発に音をあげた日本は、優生保護法をつくって対応せざるを得ませんでした。少子高齢社会の現在からは想像もつかない状態でした。

 昭和23年7月熊本県出身の産婦人科医の先達である参議院議員の谷口弥三郎先生が優生保護法を国会に上程可決され、9月11日から施行されました。指定医制度も組み込まれていたので指定医の集団をまとめて母性保護医協会が呱々の声をあげ、初代会長に谷口先生が就任されました。

 翌24年4月、仙台において東西の産婦人科学会が合併して学術集会を催した機会に、日本母性保護医協会が結成され、初代会長に谷口氏が就任、本部事務局が熊本支部に存置されたのが創立の歴史で、第二代の森山豊会長の後を受けて、私が第三代目を務めさせていただいているわけです。会員の融和を目的として日母大会もつくられ、今年で26回目になるということです。

 唯、会の名前の最後のところが協会になっているので、何処へ行っても母子保健の団体さん扱いにされて甚だ具合が悪いので、日本産婦人科医会への改称を要求したのですが、いろいろな理由で法律の名前も入れさせられ、日本母性保護産婦人科医会になってしまいました。幸か不幸かそのおかげで日母大会も、日母産婦人科大会と言えるので、古い方々には懐かしさの残る略称をお楽しみいただけるわけです。

 毎年の日母大会は、その時代や開催地の特色などでメインテーマを決めるのがいつの間にか慣習になっております。今年のメインテーマは、

 称えなん いざ 遥かなる“いのち”の創生を

 - 比類無き尊厳性と共生の歓喜 それをこそ未来への贈りものとして -

です。これは会長案が採用され、少し長くなってしまいましたのは副題が長いためで、閃いた発想をそのまま書いたことによります。かえって真実味が伝わるような気がしています。

 「種」としての「ヒト」片仮名で書きますが、そのヒトは自然の中で「生命」を与えられ、時を経て自然に還ります。十万余の遺伝子の順列組合せと可塑性を持つが故に、生きている間、それぞれ唯一無二の存在として他の生物と同様に地球上の元素を利用し、生命を全うすれば、自然の中に還元してゆきます。それをこそ輪廻と言えば、自然の仕組みに頭を垂れるのみです。人生論的に「ひと」と言えば、ヒト科の種が最も進んだ、身体との相関で最も大きな脳を与えられたために、哲学を芸術を科学や歴史などを自由に生み伝え、たぐいない優しさも愚かさも、あらゆる思いを含む心でそれを修飾します。

 自然の創る唯一無二の個は、個性をもって摂理のままに完成します。かつて動物行動学的発想で人の命をも単細胞のそれと同等に見ていた人間は、生命創造の神秘に接することによって、その真の尊厳性を悟り、個のもつ魂の平等性と尊さに目覚めた、そしてノーマライゼーションの意味を知りはじめたと、私はしきりに今、思います。

 優しい詩で、心を伝えた夭逝の詩人「金子みすゞ」の作品“わたしと小鳥とすずと”から

  わたしが両手をひろげても、

  お空はちっともとべないが、

  とべる小鳥はわたしのやうに、

  地面(じべた)をはやくは走れない。

  わたしがからだをゆすっても、

  きれいな音はでないけど、

  あの鳴るすずはわたしのやうにたくさんなうたは知らないよ。

  すずと、小鳥と、それからわたし、

  みんなちがって、みんないい。

 日母の歴史に触れながら、科学の進歩がより心の持ち方を露にしつつあることを目にしながら、私は何時か、この50年の思いを辿っているのかもしれません。インディアンは言います。「この地球は我々が未来から借りているものだ」それだったら、せめて今より悪くない状態でお返しすべきです。「生きていてよかった」(相田みつをさんの言葉)一人一人の尊厳性の確立を考えれば、それは出来るはずです。「うばい合うと足らないけれど わけ合うとあまっちゃうんだなぁ」(相田みつをさんの言葉)は、それが共生を可能にする心の根源です。そんな想いが凝集したのがメインテーマです。

 教育講演に、人間の殊に私達がその生活の「かかりつけ医」になってあげなければならない女性のあこがれの“美”をテーマにし、特別講演に、“生命の誕生と人間”の問題を取り上げた意味は説明の必要もないでしょう。

 20世紀の夕焼けが真赤です。一粒一粒の大気中の粒子が太陽からの赤い光を健気に散乱させているからです。私達日母の会員一人一人が日母の中でそうやって来、そうやっている様に・・・・・。きっとこの赤い心は21世紀の朝焼けにつながることでしょう。今、自ら生きていられることに感謝し、この青い地球の隅々に住む人々にまで、幸せと真の安らぎを願う私達の心が届くことを祈ってご挨拶を終わります。