平成11年5月31日

「正期産仮死児調査」報告

日母産婦人科医会幹事 朝倉 啓文

 

 脳性麻痺児(CP児)の発症を予防することは、私達分娩を取り扱う医師にとり、再重要課題であります。そこで、日本母性保護産婦人科医会、医事紛争対策委員会では、分娩時の仮死のため発症したCP児につき我が国での実態を調査するため、全国仮死児調査を1996年から3年間にわたり行いました。その調査成績の概要を報告いたします。本調査の最終的な目的は分娩時仮死が原因で発症したCP児の頻度、およびその産科的背景を明らかとし、臨床にfeed backしCP児の発症を予防することです。

 調査対象医療機関は、年間分娩数が100以上である産科施設で日母各県支部長の推薦による医療機関とし、調査対象とした仮死児の規定は、1分後アプガースコアが4点以下または5後アプガースコアが6点以下の児で、NICUに入院した児としました。在胎週数は37週以上の正期産児のみとしました。対象児が出生した場合、あらかじめ配布した調査票に産科的リスク要因を記載し、日母に連絡を依頼しました。NICUには後日、日母より調査票を発送し、児の入院後の状態を調査しました。その後、出生1年時点の状態を最終診断としました。

 全国296医療機関が本調査にエントリーしましたが、3年間に対象になる仮死児は72医療機関より152名が報告されました。うち131名(86.2%)は予後良好、6名(3.9%)は死亡、15名(9.9%)はCPなどの神経学的後障害をもった児でした。死亡例と予後不良例との総計21名(13.8%)が神経学的に予後不良であったことになります。この神経学的予後不良児を、予後が良好であった児と比較し、推計学的に予後不良児に特徴的な産科的疾病や、新生児の症状などを求め、予後不良児発生に関連するリスク要因としました。推計学的検討にはFisherの直接確率法を用いました。

 以下に結果を述べます。152名の出生時仮死児の原因と考えられた主な産科的異常はIUGR20%、微弱陣痛18%、常位胎盤早期剥離14%、前期破水と骨盤位13%などがあり、出生時に仮死の原因が全く認められなかった症例も9.2%に存在しました。

 この中で、常位胎盤早期剥離(21例)と胎児水腫(2例)、羊水過少(10例)が推計学的に予後不良児発生に関連する産科的リスク要因として抽出されました。これらが存在し、児が出生時に仮死であった場合、その後、児が予後不良児となる率は胎児水腫では100%、常位胎盤早期剥離では29%、羊水過少では40%でした。なお原因不明で出生時仮死になった例では予後不良児は認められませんでした。 胎位としては頭位分娩が最多で87%、骨盤位は13%、横位は1例のみで、帝王切開による分娩が92%でした。

 分娩時の胎児心拍数パターンから胎児仮死と診断されていたものは、全体の80%でした。胎児仮死所見としてはsevere variable deceleration、prolonged bradycardiaがほぼ35%に出現しており、ついでloss of varaivilityが22%、late decelerationが18%に見られました。この内、予後不良児発生のリスク要因であった心拍数パターンはloss of variabilityのみでした。文献的には、loss of variabilityの存在は胎児の慢性的な低酸素状態を意味しており、このような胎児が出生時に仮死になると予後不良児になる可能性が示唆されました。一方、prolonged bradycardiaの存在は出生時仮死になる原因として頻度の高いものでしたがでしたが、予後不良児の発症とは関連せず、分娩中の急性の低酸素状態を反映していると解釈されました。しかしloss of variabilityとprolonged bradycardiaが一緒に共存すると場合には危険な所見になり、実際、両者の共存は予後不良児発生のリスク要因でした。

 以上の検討から、産科的リスク要因中、予後不良児発生に深く関わっている産科的異常としては、胎児水腫、常位胎盤早期剥離、羊水過少が抽出され、心拍パターンとしてはloss of variabiliyが抽出されました。

 その内訳に関して検討してみると、常位胎盤早期剥離は21例報告されていました。全例帝王切開による分娩でした。しかし、予後不良児は28.6%に発生し、その半数が死亡していました。本疾病は、今日でも児のintact survivalを求めることが困難である病態と考えられます。また、予後不良児6例中50%にはloss of variabilityが認められたのに対し、予後良好例では15例中4例26%とやや少なく、有意差はないものの常位胎盤早期剥離例でもloss of variabilityの有無が児の予後にある程度影響を及ぼしている可能性が示唆されました。また、予後不良児6例中の半数は母体搬送の例であり、母体搬送を行わなければ、児の予後が変わったものになった可能性も考えざるをえず、母子救命のための緊急システムのさらなる整備が必要と考えられました。

 羊水過少例は10例あり、予後不良児は4例で、全例帝王切開により出生しています。2例にはloss of variabilityがあり、子宮内の低酸素状態が生じていた可能性があります。その他の、2例は羊水過少のため誘発を行った例ですが、これらには分娩時急激な低酸素によると解釈されるprolonged bradycardiaが認められていました。

 胎児水腫は2例あり、2例ともに予後不良児でした。胎児水腫には様々な原因がありますが、2例ともにloss of variablityがあり、胎児の予備能力が著しく低下していたものと考えられました。。

 なお、つねづね問題にされる、陣痛促進剤に関しては32%で使用され、誘発分娩は16%で行われていましたが、児の予後との関連性は認められませんでした。吸引、誘発分娩に関しても同様でした。

 一方、出生後に新生児が示すサインにつき、予後不良児発症に関連するリスク要因を検討してみると、多くの項目が認められました。出生直後のものとしては、5分後アプガースコア≦3と分娩室における気管内挿菅があり、それぞれ相当する新生児は46%、25%が予後不良児の転帰をとりました。NICU入院後には、pH≦7の持続するアシドーシスや、神経学的症候(痙攣、意識障害、筋緊張異常)や低血圧あるいは腎障害などのショック症状など、さらに、脳浮腫や虚血性低酸素性脳症の診断などがありました。これらのリスク要因が認められた児では、46%〜70%の高率に予後不良児になりました。

 予後不良児発生に関連する産科的リスク要因と新生児の示すリスク要因の比較をオッヅ比を用いて行いました。産科的リスク要因中で、常位胎盤早期剥離、羊水過少、loss of variabilityなどがあると、これらがない場合に比べ、児が予後不良になる確率が3〜5倍高いと解釈することが出来ました。一方、新生児の示すリスク要因が存在すると、存在しない場合に比べ9〜56倍予後不良児の転帰をとる可能性が高く、産科的リスク要因より予後不良児となる危険性が3〜11倍高いこになります。また、産科的リスク要因であっても胎児自身の異常である胎児水腫のみは非常にリスクの高い要因でした。

 今回の検討を以下のようにまとめることができます。すなわち、予後不良児発生と関係の深い産科的リスク要因は、確かに分娩時胎児仮死となり新生児仮死を高率に招くものです。しかし、このことは必ずしも、児がCPなどの神経学的予後不良児になることを意味してはいません。児がその後、神経学的な症候を示さない限り、多くは予後不良にはなりません。しかし、出生時仮死児の14%程度は残念ながら、神経学的な症候を表し予後不良の転帰をとっていました。

 産科臨床にあたるものはこれらのことに留意し、常位胎盤早期剥離、胎児水腫、羊水過少、loss of variabilityなどに遭遇した場合には、的確な診断と早期の判断に基づき、児に神経学的症候が表われないような手厚い周産期管理が是非とも必要であると考えられます。しかし、現状ではこれらの病態における胎児、新生児をケアーする上でどのような方策が最善であるのか、まだまだ検討すべき余地が残るように考えられ、今後、早急に解決すべき課題であります。