平成11年3月8日放送
 喘息妊婦の臨床的特徴とその対応
 越谷市立病院呼吸器科医長 岩瀬 彰彦

 現在、気管支喘息の有病率が増加し、妊産婦の約4%に気管支喘息が合併しているといわれています。喘息の治療および管理が問題となり、私ども内科医が産婦人科の先生方より依頼を受けることもまれではありません。

 喘息妊産婦の臨床的特徴として、まず喘息が妊娠におよぼす影響について述べてみます。喘息がコントロールされていない場合、色々な合併症の増加が知られており、とくに妊娠中毒症や早産、および低出生体重児の増加などが認められています。
 その原因として、最近の臨床研究では喘息に対する治療薬剤の影響は殆ど認められず、喘息発作による母体および胎児の低酸素血症の影響が重要視されています。私どもの喘息妊産婦の検討でも、妊娠中の母体および胎児に対する合併症は喘息治療の有無や種類に関係なく、喘息発作の頻度の増加とともに、多く認められています。一般の人々は妊娠中の薬剤服用は危険と考えておりますが、喘息妊婦の場合は安全性の確認された必要最小量の薬剤による治療が妊娠合併症を予防し、無治療で放置した場合よりも母体および胎児にはるかにメリットが大きいことのコンセンサスが得られております。

 次に妊娠による喘息の影響としては、喘息症状の悪化する者、変らない者、改善する者がそれぞれ3分の1ずつ認められます。妊娠中に喘息を軽快させうる因子としてはプロゲステロンによる気管支拡張作用、エストロゲンまたはプロゲステロンによるβ受容体の増強作用、循環血流中のヒスタミン分解酵素の増加による血中ヒスタミンの減少などが推定されています。一方、妊娠中に喘息を悪化させうる因子としてはプロゲステロン、アルドステロンなどが糖質コルチコイドの受容体に競合阻害として働く場合やプロスタグランジンF2αによる気管支収縮作用、妊娠中のストレスの増加などが推定されています。個々の患者さんでは色々な因子が複合して作用し、妊娠前に喘息症状の変化を予測するのは困難です。
 一般的傾向として第一子で喘息症状に変化が認められた場合は第二子、第三子でも同じような経過をたどることが多いようです。また比較的まれですが注意を要するのは、妊娠中に喘息を発症する妊産婦が認められることです。私どもの喘息妊産婦81症例の検討で、4例(5%)は気管支喘息の既往歴がなく、妊娠中に初めて喘息発作をおこした症例でした。妊娠中に突発する呼吸困難発作では、気管支喘息の合併を常に念頭におく必要があります。

 実際の患者さんへの対応ではまず生活指導が重要です。喘息の患者さんで挙児希望のある場合は、喘息のコントロールを十分に行い、体調のいいときに妊娠するよう指導します。また妊娠後は、喘息と妊娠の関係について十分な教育をしなければなりません。特に患者さんが妊娠後に今までの喘息治療を中断し、喘息症状が急速に悪化する症例が多く認められます。妊娠中の喘息発作による低酸素血症は胎児に重大な影響を与え、妊娠合併症の大きな要因となっています。妊娠中でも安全性の確認された治療はあり、治療を継続することが患者さんだけでなく胎児にも有利であることを説明します。これにより患者さんの治療に対する不安を取り除かなければなりません。
 そのほか禁煙指導および生活環境の整備が重要です。禁煙については今更のべるまでもないでしょう。喘息妊産婦の多くがアトピー性素因を有しており、私たちの検討でも約80%にハウスダストアレルギーが認められています。患者さんには室内の清掃などアレルゲンの除去に努めてもらいます。また冬期では喘息悪化の引き金となる感冒に対する注意も必要です。これらの生活指導のみで妊娠中に喘息の発作のない経過良好な症例も多く認められます。私どもの妊産婦喘息81例の検討でも約30%は無治療で、慎重な経過観察のみを行いました。

 しかし妊娠中に喘息発作を認める患者さんには積極的な薬物療法が必要です。喘息の発作に対する薬物療法では胎児への影響が少ない吸入療法を主体としています。その主なものは喘息の発作を抑えるβ2刺激剤と、喘息の気道系の炎症を抑え予防薬として働く吸入ステロイド剤です。軽い発作が一週間に一回程度の患者さんではβ2刺激剤の吸入のみで十分でしょう。しかしβ2刺激剤の吸入を毎日あるいは一週間に3回以上使用しなければならない場合は吸入ステロイド剤の併用が必要です。気管支喘息のメカニズムは従来は気管支の痙撃が中心と考えられていましたが、最近の研究ではむしろ気管支の炎症が病態の根本をなすことがわかってきています。吸入ステロイド剤は常用量であれば全身的な副作用もなく、胎児への催奇形性も認められておりません。
 ステロイド剤とききますと、妊産婦のみならず一般の気管支喘息の患者さんでもとかく副作用を連想されます。しかし安全性と有効性は高く、定期的に吸入をおこない発作予防することが無事な出産につながることを重ねて説明します。
 また内服薬ではテオフィリン製剤も妊娠中の安全性は高く、比較的よく用いられます。この場合は胎児への影響を考慮し、血液中のテオフィリン濃度をモニターしながら少ない用量での治療が勧められています。近年、経口の抗アレルギー薬が頻用されていますが妊娠中の安全性は確立されておらず、使用はさけるぐきでしょう。

 前に述べましたように軽度の発作にはβ2刺激剤の吸入で対処します。しかしこれでも喘息発作が治まらない場合や、中等度から高度の喘息発作は速やかに専門の医療機関で治療を受けなければなりません。この場合、患者さんに、妊娠中では一般の場合よりも早く受診するよう指導します。妊娠中は赤ちゃんの分まで二人分の酸素が必要なこと、あなたが苦しいときは赤ちゃんも苦しがっているんですよと、説明すれば理解していただけると思います。
 中等度から重症の発作にはまず酸素吸入をおこない、β2刺激剤の吸入とともにネオフィリン製剤やステロイドホルモンの点滴静注で対処します。また短期間の経口ステロイド剤の内服も必要となるでしょう。いずれにしても短期間の必要最小量の使用であれば胎児に対して問題はないとされています。くれぐれも受診が遅れないよう、できる限り速やかに発作をコントロールし、胎児を低酸素血症にさらさないよう心がけて下さい。また普段から喘息症状の不安定な妊産婦には、ピークフローメーターどういう簡単な肺機能測定器をもたせるのも一つの方法です。ピークフローメーターの使用により、患者さんは自宅にいながら自分の喘息の状態を把握し、早めの対応が可能となります。いずれにしても、中等症以上の喘息の治療は地域の喘息専門医にまかせて下さい。そのため妊産婦喘息の治療には私ども喘息専門医と産婦人科の先生方との緊密な連携が必要不可欠です。特に緊急時の対応について、患者さんへの指導や医師間での連絡を徹底して下さい。

 また分娩時の注意として、頻度はまれですが喘息発作を誘発する症例が存在することです。私どもの妊産婦喘息81例の検討で3例に分娩時に喘息発作が認められ、これらはいずれも妊娠経過中に喘息発作が頻発した症例でした。幸いなことにいずれの症例も発作が軽度で、β2刺激剤の吸入療法により速やかに軽快し、無事出産しております。妊娠中の喘息発作のコントロールのよくない症例は分娩時の発作に対する準傾も必要です。分娩直後の子宮収縮不良に用いられるプロスタグラシジンF2αは喘息発作を誘発することがあり、オキシトシンの使用が推奨されます。
 またこれは本論とは少しかけ離れるかもしれませんが、分娩後に喘息症状の悪化する患者さんもまれならず認められます。育児ストレスや生まれたお子さんに手が掛かり、ご自分の喘息治療がなおざりになるのが原因のようです。分娩後の通院指導も忘れないで下さい。

 以上をまとめますと、妊娠中の喘息症状の変化としては軽快、不変、悪化の人が3分の1ずつ認められます。妊娠中の喘息の悪化は原因が不明の場合もありますが、患者さんの治療中断による場合も多く認められます。妊娠合併症の最大の原因は喘息発作による低酸素血症であり、妊娠中でも十分な患者指導と治療が重要です。治療はステロイド剤およびβ2刺激剤の吸入を中心に行います。中等症以上の患者さんには地域の喘息専門医との連携が必要です。

 最近の欧米の研究では喘息妊婦でも十分に発作をコントロールし、計画的に妊娠、出産した患者さんでは合併症の増加が無いこともわかってきております。地域の産婦人科の先生とわれわれ喘息専門医が力を合わせ、患者さんを守っていきたいと思います。