平成11年2月8日放送

 新民事訴訟法とこれからの医事紛争

 日母産婦人科医会常務理事 佐藤 仁

 

医療事故紛争等の裁判を規律する法として民事訴訟法(手続き法)があります。このたび、この民事訴訟法が70年ぶりに全面的に改正され新民事訴訟法として平成10年1月1日から施行されました。
目的は、審理の「促進」と「効率化」です。
新民事訴訟法の説明の前に、これまでの民事訴訟法による医事紛争の裁判の流れを簡単に説明します。
これまでの裁判では原告が「訴状」を裁判所に提出し、受理されると裁判所は「期日呼び出し状」と「訴状」を被告に送達します。これに答弁書の提出期限が記載されており、その期間内に訴状に対する認否の答弁書を提出し、指定期日に口頭弁論が始まります。
まず、訴状・答弁書の陳述から始まり、双方の準備書面による主張の応酬が行われ、主張を裏付けるための医学文献などを証拠として提出します。この応酬が1〜2か月毎に何度か繰り返され、おおむね争点が整理されると次に「証拠調べ」として証人尋問が行われます。更に、鑑定人が選任され、専門家による鑑定書が裁判所に提出され、鑑定人の証人尋問が行われます。
口頭弁論が終了するまでは当事者の主張・立証を認めていたので、主張があれこれと変わったり証拠が小出しにされたりして弁論(主張・立証)と証拠調べが五月雨式に行われ審理が長期化してきました。この後、裁判所から和解の勧告をされることがあり勧告が受け入れられると裁判が終結します。
和解が不成立あるいは和解勧告のないときは原告、被告双方からの主張を整理した最終準備書面が提出され結審となり、その後判決が出されます。これまでに担当裁判官が変わることもあり、数年あるいは十数年かかることもありました。
新たに改正された新民事訴訟法での裁判は審理の促進と効率化を目的としたもので当初から主張すべき事は主張し、出すべきもの(証拠)等は全てだし、早い段階で“何が争点か”を明確にし、それが終わったところで争点に的を絞った“効率的な証拠調べ”を集中的に行おうというものです。そのために、証拠収集手続きを拡充し、裁判での争点整理の手続きを整備したものです。
もう少し詳しく新民事訴訟法の主な改正点を説明すると
まず、証拠収集手続では、当事者照会制度があります。訴訟継続中いつでも、訴訟における主張又は立証を準備するために必要な事項を、裁判所を介さず当事者の間で、文書やFAXで照会できる制度です。照会には回答の義務があります。
また文書提出命令における文書提出義務の一般化もあります。提出義務を負う文書の範囲が新法ではより拡張されました。
次に争点整理手続です。
争点整理をキチンと行って集中的に証拠調べがされます。次の三つの争点整理手続きから、一つの手続きが選択されます。
第一の手続き法は準備的口頭弁論によるものです。これは、争点整理のために開かれる口頭弁論によるもので、医療事故はこれが主流になると考えられます。
第二の手続き法は弁論準備手続です。これは、非公開での協議形式によるものです。
第三の手続き法は書面による準備手続です。これは、出廷困難な場合の書面や電話会議システムを利用するものです。
どの方法を選択しても、争点整理手続き終了後に新たに攻撃・防御方法を提出した当事者は、遅れた事情の「説明義務」が課せられ、相手には「詰問権」が与えられ、相当の理由がない場合は「時期の遅れた攻撃・防御方法の提出」として却下されてしまいます。
新民事訴訟法での医療機関としての留意点としては
まず、訴訟提起前の対応としては、訴える側が、訴訟を起こすときに、提出する「訴状」には、訴訟を理由づける主要事実を具体的に記載し、間接事実を明示するとともに、証拠を記載せねばならないとあります。これに対する被告側の「答弁書」にも、認否・抗弁事実を具体的に記載し、立証を要する重要な間接事実・証拠の記載が要求されます。
そして、この「答弁書」の提出期日は、訴え提起から30日以内の、口頭弁論期日一週間前とされ、実質的に20日程度しかありません、この短期間に被告の主張・立証の方針を固める必要があります。相手側からは、時間をかけてしっかり練られた訴状が送達されます。これらから、医療機関は問題を含む症例には訴訟前に経過の検討・カルテ整理・文献の収集等、この段階での保険会社への連絡も必要になります。
訴状送達後の対応としては、わずか20日程度の短期間に、弁護士を選任し打ち合わせをし、「答弁書」など、書類の整備をしなければなりません。訴状がきたら直ちに反応しなければなりません。訴状を手元であたためるようなことは、いけません!
当事者紹介・文書提出命令がありますが、この対応として、文書提出命令があっても、回答・提出を拒否できる事項・文書があります。これには制約もありますので、弁護士との検討が必要です!
最後に訴訟に対する結果が、訴訟・抗弁などの技術によって大きく影響を受ける可能性があります。カルテの改竄があったり、破棄した場合や、主張・証拠等の提出の遅れがあった場合は、訴訟上の不利益を被ることがあります。これからは早い段階からの事実の証明やこれを裏づける文献等の証拠提出の積み重ねが良い結果を生むことになります。
これらのために、訴訟が予想される症例には前もって反論に有益な医学的文献の収集等 訴訟が発生する前からの準備が必要になるでしょう。今後は医療機関と専門的知識を有する弁護士、経験に富む保険金杜との連携等が今まで以上に重要になることでしょう。 備えあれば憂いなし!
なお日母医事紛争対策部に問い合わせ頂ければ対応致します。
参考文献
新民事訴訟法の解説 小林秀之(新日本法規)
新民事訴訟法と医事紛争 安田火災企業サービスセンター部