平成10年12月7日放送

 諸外国と日本の骨盤位分娩様式の比較

 順天堂大学医学部産婦人科助教授 吉田幸洋

 かって、骨盤位に対する帝王切開率がまだ10%代であった頃、骨盤位の児の周産期死亡率は頭位の児の約5倍と高い値でありました。

 その後、骨盤位分娩に対するルーチンの帝王切開の適用が周産期死亡率および周産期罹病率を下げるとする報告が相次ぎ、また、分娩障害に対する訴訟の急増とも相まって、主として米国では骨盤位分娩における帝王切開率が80〜90%にまで大きく上昇してしまいました。

 その結果、1980年代には骨盤位の児の周産期死亡率は大きく改善しました。もちろん、この間における周産期管理法の進歩が、周産期死亡率の減少に大きく寄与したことはいうまでもありませんが、骨盤位に対する帝王切開の繁用が骨盤位の児の予後改善の大きな要因であることに疑いはありません。

 しかし、近年、帝王切開を行っても、かならずしも仮死の発生や分娩障害は避けられないとする報告もなされるようになりました。たしかに、骨盤位で分娩に望まなければならないような児には、骨盤位であること以外にも固有のリスクが存在する場合が多く、帝王切開の繁用だけでは骨盤位の児の予後改善は頭打ちとなっています。

 また、帝王切開は、いかに安全に行えるようになったとはいえ、母体にとっては侵襲的な方法であり、特に、初産婦に対する帝王切開は、次回の妊娠における帝王切開率の上昇といった新たな問題をも惹起しています。

 このようなことから、近年、骨盤位分娩に対するルーチンの帝王切開の適用に疑問がもたれるようになってきました。

 はじめに、骨盤位分娩の取り扱い方針について、まず諸外国の動向についてお話ししたいと思います。

 骨盤位の分娩に際し、いかに母児共に安全に分娩を完遂せしめるかは世界的な問題とされ、FIGOのCommittee on Perinatal Healthは単胎骨盤位を取り扱うためのガイドラインを作成しました。これによれば、骨盤位であっても可能であれば経腟分娩を行うべきであるとする基本姿勢の基に、骨盤位経腟分娩に伴うリスクを十分理解した上で、その施設において経腟分娩が可能と思われる例を選別し、その他の例は原則的に帝王切開とするという、いわば選択的経腟分娩とでもいうべき考え方が示されました。

 一方、米国産婦人科学会ACOGのTechnical Bulletinによれば、注意深く選択された症例に関しては必ずしも帝王切開は推奨しておらず、むしろ、分娩様式を最終的に決定するのは個々の医師の骨盤位分娩に関する経験と技術であり、さらには、緊急帝王切開ができるだけの設備および小児科や麻酔科を含むスタッフといった医師や施設に対する条件を厳しく規定しています。

 以上、二つのガイドラインにおける骨盤位経腟分娩のための条件をまとめると次のようになります。

1.骨盤位の種類

 単殿位であることを条件としています。足位や複殿位については、児の未熟性や臍帯脱出の危険性といった骨盤位の種類以外の要因が関与してくるため、経腟分娩が可能であるとするデータに乏しいとしています。

2.胎児の大きさ

 児の推定体重が3500〜4000g以上では帝王切開を推奨しています。一方、低出生体重児が予想される場合も帝王切開が推奨されています。その根拠は、帝王切開によって分娩時外傷が回避できるというものですが、出生体重1500g未満の児については、帝王切開群で周産期死亡率は低くなるという報告がありますが、出生体重1500g〜2500gの児については帝王切開を行った場合の優位性は統計学的にはあきらかではありません。

3.胎児の姿勢

 米国における骨盤位の帝王切開の適応として強調されるものに頚部過伸展があります。これはhyper extension, extended head, "Star gazing" fetusなどと呼ばれるもので、いわゆる反屈位のことであります。また、nuchal armといいまして、これは腕が胎児頚部後面にある状態をいいますが、これがみられた場合も帝王切開の適応とされています。これらの所見は超音波断層法、あるいはX線単純撮影法で診断されるものであり、このような症例に対し、経腟分娩を強行した場合は高率に神経学的損傷がひきおこされるとしています。

4.その他

 骨盤計測に関しては、何らかの骨盤計測を行うべきとしていますが、具体的な方法とその基準は示されていません。

5.施設因子

 骨盤位分娩に習熟した産科医の立ち会いのみならず、骨盤位分娩では未熟児の出生や新生児仮死発生の可能性が高いことから、NICUを有する施設であること、新生児科医か新生児の蘇生に習熟した医師が分娩に立ち会うことを条件づけています。

 また、緊急帝王切開の可能性も高いことから、緊急帝王切開が可能なことに加え麻酔科医の待機も条件づけています。

 一方、わが国の骨盤位分娩取り扱いについての現状をみてみますと、

 わが国では、長い間経腟分娩至上主義とでもいうべき傾向があり、骨盤位の分娩に関しても、「骨盤位経腟分娩を行わないものは産科医にあらず」といったことばを聞かされたり、骨盤位にかぎらず帝王切開率が低いことがその施設の産科医療レベルを表していると考えている産科医が今でも多いように思われます。しかし、わが国においても周産期医療の進歩とともに産科医の関心が母体のみならず妊娠・分娩中、あるいは出生後の児にも重きがおかれるようになり、少なくとも危険をおかしてまで経腟分娩に固執する傾向は少なくなったように思われます。

 1994年に日本産科婦人科学会の周産期委員会(武田佳彦委員長)におきまして、我が国における骨盤位分娩の現状を調査するためのアンケートを実施いたしました。対象は、日本産科婦人科学会の周産期管理登録機関であり、したがいまして医育機関が多く含まれております。

 まず、その施設における骨盤位分娩の取り扱い方針についてですが、初産婦であっても帝王切開を原則とするという施設は21%にすぎず、78%の施設は原則的に経腟分娩、あるいは条件に合致すれば経腟分娩を行うと回答しています。さらに、経産婦の場合は、ほとんどの施設が経腟分娩を行うとしています。

 一方、それでは、実際に骨盤位分娩の帝王切開率はどうであったかといいますと、初産婦で69%(n=1468)、経産婦においても50%(n=819)が帝王切開によって分娩となっておりました。つまり、取り扱い方針の上では経腟分娩を行うようにするとしていても、実際には骨盤位の帝王切開率はかなり高いという結果でありました。

 現在のわが国の産科医療施設の多くは、一施設に勤務する産科医が少ないことに加え、当直態勢等の問題により骨盤位分娩に経験の深い医師が、常時分娩に立ち合うということが非常に困難な状況にあると思われます。産科医の多くが、骨盤位であっても条件が良ければ経腟分娩を試みるべきであると考えてはいても、現実にはこの施設因子とでもいうべき要因によって、やむなく帝王切開となっている骨盤位がかなり多いのではないかと思われます。さらに、このような傾向は医育機関においても認められることから、現状では研修医が骨盤位経腟分娩を研修する機会は減少し、骨盤位経腟分娩に経験のある医師が将来ますます少なくなってしまうことが危惧されます。また、さらにこの傾向は、骨盤位分娩に経験のある医師でさえ、その経験が過去のものとなり、骨盤位経腟分娩に対する不安感を増強させ、その結果、骨盤位の帝王切開率は一層上昇するといった悪循環が生じているものと思われます。

 基本的には、その施設にあった取り扱い方針のもとで、母児共に安全に分娩を遂行できるよう、分娩を取り扱う医師はこれまでの経験と技量およびその施設の状況の範囲内で努力することが肝要であることはいうまでもありませんが、少なくとも将来の産科医を育てる医育機関においては、選択的な経腟分娩の実施が望ましいと思います。