平成10年5月11日放送

妊娠中期の検査技術-早産と前期破水

北里大学産婦人科教授 西島 正博

 本日は早産と前期破水に関ります検査について、生化学的なマーカーとして顆粒球エラスターゼと胎児性フィブロネクチンを、また生理検査として子宮頚部の超音波診断と子宮収縮のモニタリングを主として述べてみたいと思います。

 まず、早産がどの程度の頻度で発生しているかを見てみますと、平成5年にアメリカでは11%であったのに対し、同年日本では4.6%と半分の頻度でした。日本の統計では近年増加傾向にあり、昭和60年には4.2%であったものが、一番最近の平成8年には5.0%になっています。施設による差もあり三次救急施設でもあります北里大学では平成8年には10.6%でありました。

 早産の原因は一般的に約1/3が出血や高血圧を主とする合併症妊娠か、異常妊娠のために人工早産になったもので、残りの2/3が自然早産です。

 北里大学では母体搬送例の搬送理由のうち最も多いのが切迫早産、前期破水で、搬送例の36%を占めています。

 早産・前期破水の検査の生化学的マーカーとして、頚管粘液中顆粒球エラスターゼと胎児性フィブロネクチンについて述べます。以前から絨毛膜羊膜炎あるいは羊水感染が早産と前期破水の原因になることがあることは臨床的にも知られていました。

 現在では臨床的な感染微侯がなく、破水も、していない早産例でもその20%くらいには経腹的羊水穿刺した羊水中に病原菌が検出されており、無症状の感染が早産の原因として改めて注目を集めるようになってきています。前期破水が存在しなくても大腸菌が上行性に卵膜を通過して羊水中に侵入することも知ら

れるようになりなした。頚管内あるいは卵膜に感染が存在しますと、細菌細胞壁内のリポポリサッカライドである、エンドトキシンが白血球から炎症性メディエーターであるインターロイキン1と6およびtumor necrosis factor といったサイトカインや、エラスターゼを産出することになります。これらのサイトカインは卵膜からのアラギドン酸を放出促進し、プロスタグランジンE2とF2α合成を亢進させ、子宮収縮を増殖させることになります。また羊水中に存在するPAFつまり(血小板活性化因子)がこの経路に促進的に作用することも知られています。

 またエンドトキシンによって産出されたエラスターゼは、卵膜コラーゲンの主成分であるタイプ3コラーゲンを特異的に分解しますので、卵膜の脆弱性をきたし、卵膜破たん、前期破水をもたらします。

 この頚管顆粒球エラスターゼの測定はEIA法が用いられてきましたが、結果の判明に数日を要していました。最近、ベットサイドでのELISA法の定性測定試薬エラスペックが入手できるようになり、その場で結果が判明するようになりました。

 フィブロネクチンは羊膜を含む各種の細胞で産出され、母体血中や羊水中には高濃度に検出されます。胎児性フィブロネクチンは、また、妊娠正期で未破水例の膣・頚管分泌液中にも検出され、分娩発来前の子宮頚部間質組織の性状の変化を反映しているものと考えられています。胎児性フィブロネクチンはELISA法で測定され、50ng/ml以上が陽性で、破水前の膣頚管分泌液中に陽性であると切迫早産のマーカーになりうることが示唆されました。

 リーソンらによりますと、胎児性フィブロネクチンが陰性例では早産に至らないという情報の方が意義があったと報告しています。胎児性フィブロネクチンは感染のみならず、頚管刺激によっても、その放出が促進されることが知られています。

 次に、超音波診断について述べます。子宮頚管の状態は経膣超音波検査ができるようになって、内診所見より格段に客観的な所見が得られるようになりました。妊娠26週から30週の間の内診所見で、頚管開大度が1cm未満では、妊娠34週以前の早産率は2%であったのに対し、2cm以上開大している群のそれは27%と有意に高率になっていました。

 経膣超音波で計測した頚管長は、妊娠中期では一般的に3cmから4cmの長さがあるとされています。Iamsらの報告によりますと、妊娠24週の平均頚管長は3.5cmで、その長さが短くなるにつれて、34週以前の早産率が増加しています。彼等の前方視的な検討対象で、頚管長の75 パーセンタイル値である4cm以上の妊婦にくらべ、10パーセンタイル値である2.6cm以下の妊婦では早産率が6倍になり、1パーセンタイル値の1.3cm以下では14倍にもなると報告しています。

 内子宮口の開大と切迫早産の関係も認められてきています。内子宮口のうち、上方にある解剖学的内子宮口と下方の組織学的内子宮口が共に閉鎖した状態では、羊水腔と解剖学的内子宮口はT字状に描出されますが、内子宮口が開大してくると、Y字型、V字型、U字型の頚管像を示すようになってきます。沖津らの報告によりますと、妊娠30週未満で内子宮口が5mm以上開大している群では早産率が33%で、開大していない対照群の3%より有意に高率であり、早産の予測に対する価値が高いとしています。

 また、頚管腺領域像の消失と切迫早産の関連性についても検討されています。石原らによりますと、正常妊娠例では妊娠7ヶ月までほぼ100%、8ヶ月で93%、9ヶ月で76%、10ヶ月で56%に認められる頚管腺領域像が切迫早産例では36%と有意に低下しており、頚管長の短縮、内子宮口の開大とほぼ同程度の早産予測ができると報告しています。

 前期破水や前置胎盤の例では会陰部から同様な超音波診断が行われることもあります。その場合にはトランスデューサーにゴム手袋をかぶせたり、会陰部にサランラップをかけて実施します。

 次に、子宮収縮モニタリングについて述べます。以前から有痛性、無痛性の子宮収縮が切迫早産の徴候として用いられてきましたが、近年は陣痛計を用いて、従来より客観的な情報が得られるようになってきています。正常妊婦でもBraxton-Hicksの妊娠陣痛は経験されますので、早産の診断基準として妊娠37週未満に5分から8分以内の周期の子宮収縮と共に、頚管が2cm以上開大しているか、展退が80%以上になっているか、それ以下でも開大、展退が進行してきている所見のいずれかを伴うものとする意見があります。

 外測法陣痛計を用いて家庭で子宮収縮を記録し、電話回線を使って病院にその所見を送る子宮収縮モニタリングシステムが近年アメリカでかなり利用されてきています。

 しかし、早産防止に関するこのシステムの有用性については、十分に確立されていない現状のようです。以上、早産・前期破水に関する顆粒球エラスターゼ、胎児性フィブロネクチン、経膣超音波診断、子宮収縮モニタリングを中心に述べましたが、治療法と共に更に診断法の向上が期待されます。