(2)過多月経への対応

事例1:34 歳の女性,0 妊0 産.
 後壁の限局型子宮腺筋症(最大筋層厚:5 . 2㎝).
 検診にて貧血Hb 7 . 6 g/dL を指摘され,精査目的にて来院.
経過:今後挙児希望があり,子宮温存を希望した.GnRH アゴニストを以前より反復施行しており,腰椎の骨密度がYAM の75%を示し,さらなるGnRH アゴニストの使用がためらわれた.20 歳代にEP 配合剤による脳静脈洞血栓症の既往があったため,子宮腺筋症摘出術を腹腔鏡下で施行後,LNG-IUS を挿入した.現在術後9年が経過しているが(LNG-IUS 再挿入),Hb 13 . 1 g/dL と出血コントロールは良好である.一方,子宮腺筋症は緩徐に増大しており,疼痛も再燃してきている.挙児希望がなくなった時点での方針変更も考慮している.

1 )ここがポイント

・挙児希望がある事例で,子宮腺筋症による過多月経や月経困難症を伴う場合は薬物治療の適応になるが,副作用や合併症により薬物治療が行えない場合がある.
・そのような場合には,患者とよく相談して次善の治療法を検討する.

事例2:42 歳の女性,2 妊2 産(帝王切開2 回).
 後壁子宮腺筋症(最大筋層厚:3 . 4㎝).
 検診にて貧血Hb 7 . 1 g/dL を指摘され,精査目的にて来院.
経過:強い月経困難症および月経中の排便痛を認めた.今後の挙児希望がないため,子宮全摘出術を考慮したが,急性虫垂炎切除術に加え,反復帝王切開の既往があり,ポリサージェリーを回避するために薬物療法を先行した.LNG-IUS を希望したために挿入.挿入後は約6 カ月までは不正出血を認めたものの,挿入後3 カ月で貧血
はHb 10 . 2 g/dL と鉄剤の非投与下で改善を認めたため,経過を観察した.現在5年経過し,Hb 13 . 4 g/dL と貧血は改善され,疼痛の増強も認めないため,LNG-IUSの入れ替えを行い,経過観察中である.

2 )ここがポイント

・事例1 とは反対に,妊孕性の温存を望まない,子宮全摘出術の適応である事例であるが,手術を行う際の危険性を考慮して,薬物療法を選択した事例.

事例3:41 歳の女性,3 妊1 産.
 びまん性子宮腺筋症(最大筋層厚:3 . 9㎝).
 強い月経困難症を主訴に来院し,血液検査上,Hb 6 . 8 g/dL と重症貧血を認めた.鉄剤の静脈注射による貧血の治療にあわせて,今後の挙児希望がないため,子宮全摘出術を勧めたが,固く拒んだために薬物療法を検討した.黄体期のFSH 3.4 mIU/mL,estradiol 254 pg/mL と閉経の徴候は見込めず,まずは40 歳以上のためジエノゲストを選択した.貧血は薬剤投与時に11 . 4 g/dL まで回復し,1 カ月ごと経過観察を行った.3 カ月間は不定期で量の不安定な出血が持続したが,貧血を呈すほどの大量出血は認めず,4 カ月目には茶色,付着程度の出血が2 週間ほどに不正出血も減少した.7 カ月で無月経になり,年に数回,茶色,付着程度の1 週間ほどの出血があるものの,疼痛・出血コントロールは良好のため,現在5 年が経過するが投薬・経過観察中である.1 年ごとにDXA 法による腰椎および大腿骨骨密度を測定しているが,若年成人平均値に変動は認められていない.

3 )ここがポイント

・事例2 と同様に,妊孕性の温存を望まない,子宮全摘出術の適応である事例であるが,手術療法を拒否されたために,薬物療法を選択した事例.

4 )子宮腺筋症患者の過多月経への対応

・子宮腺筋症は子宮筋層に機能障害を来し,止血機能を障害するため,過多月経を呈することがある.
・過多月経による貧血は重症なことがあり,貧血による心臓負荷を鑑みると,鉄剤投与などの内科的治療は必須であるが,過多月経の原因を検索し,原疾患に対する治療が必要である.
・子宮腺筋症病変は子宮筋腫などの腫瘍性病変と異なり,病変の境界が不明瞭であるため,子宮腺筋症摘出術による完全摘除は困難であり,子宮全摘出術を行わない限りは薬物療法による出血量のコントロールが必要とされる.

5 )貧血の評価と子宮腺筋症による過多月経の診断

・貧血の原疾患は多岐にわたり,正確な鑑別が必要である(図49)
・ヘモグロビン低値を来している場合,まずは赤血球恒数から貧血の種類を同定する.その後に血小板値から,血小板減少による止血機能の低下による貧血を鑑別する.小球性貧血であり,血小板減少が認められない場合は,TIBC(総鉄結合能)およびUIBC(不飽和鉄結合能)の上昇,血清鉄,ferritin(貯蔵鉄)の低下があれば,鉄欠乏性貧血と同定できる.
・閉経前の女性における鉄欠乏性貧血の原因として,月経に起因する可能性を考慮する. 女性の出血による貧血の約60%は過多月経によるものであるが,痔,消化管潰瘍,消化管腫瘍などによる消化管出血の可能性もあり,さらなる鑑別が必要である.
・過多月経の原因となる子宮の器質的異常は,子宮筋層の異常と子宮内腔の異常に分類される.器質的に子宮の止血機能が低下している状態では,MRI 画像検査,経腟超音波検査が診断に有効である.子宮腺筋症が画像上認められた場合でも,子宮筋腫や帝王切開後瘢痕症候群などの合併も考慮し,治療を選択する必要がある.

6 )子宮腺筋症による過多月経の治療

・過多月経の治療は,鉄剤の投与による出血による鉄欠乏性貧血の改善を図るとともに,過多月経の原疾患に対する対処が必要である(図50)
・高度肥大を呈する子宮腺筋症に対しては薬物療法より外科療法が望ましく,将来挙児希望のある事例においてのみ薬物療法が適応される.また挙児希望があっても高度肥大のある場合は,子宮腺筋症摘出術後に薬物療法でその進行を抑制し,妊娠に備える場合もある.
*子宮腺筋症において最大筋層厚が5 ㎝以上であれば,びまん性であっても限局性であっても高度肥大と考えてよい.
・外科療法には子宮全摘出術,子宮腺筋症摘出術に加え,子宮動脈塞栓術や子宮内膜焼灼術があるが,後者の2 つは過多月経は軽減できるものの,子宮腺筋症の進行を抑制したり,疼痛をコントロールする効果がないことに留意する.
・最大筋層厚が5 ㎝未満の場合で,患者が薬物療法を希望する場合は内分泌療法を行う.
・本邦においては,EP 配合剤は子宮内膜症の疼痛コントロールが適応であるため,重症な過多月経を呈する子宮腺筋症には使用を勧めない.また内腔に近接または突出する子宮筋腫を合併する場合は,LNG-IUS は筋腫穿孔や脱出などのリスクがあり,禁忌である.使い分けの案を示す(図51).
・内分泌療法は閉経まで連続して施行する必要があり,長期にわたる治療を想定する.40 歳以下で軽症の子宮腺筋症であれば,LEP 製剤,ジエノゲスト,LNG-IUS が使用できる.子宮腺筋症に静脈血栓症リスクが高いことは知られており,LEP 製剤の使用による静脈血栓症の発生には十分留意しなくてはならない.したがって40歳以上においては血栓症リスクの上昇が懸念されないジエノゲスト,LNG-IUS による内分泌療法が最も望ましく,FSH が30 pg/dL 以上で閉経徴候が認められる場合は,GnRH アゴニストによる逃げ込み療法もよい選択肢である.

7 )子宮腺筋症による過多月経の内分泌療法の経過観察

・内分泌療法を選択した後は,慎重な経過観察が必要となる.特にジエノゲスト,LNG-IUS は投与後4~6 カ月は不正出血が認められるため,1 カ月・3 カ月で貧血の改善傾向を確認する.
・6カ月を経過し,LNG-IUS においては月経量の大幅な軽減,ジエノゲストにおいては月経量の消失が得られていれば,奏功と考えてよい.
・6カ月を経過した時点で,貧血が改善されないまたは連続した不正出血が止まらない場合は他の療法を検討することが望ましい.
・なおGnRH アゴニストを3 カ月先行投与後にジエノゲストもしくはLNG-IUS を開始し,出血を回避するという報告も多い.
・しかしこれはあくまでもGnRH アゴニストによる子宮内膜の菲薄化の誘導によるジエノゲストもしくはING-IUS 開始初期の出血の軽減が目的であり,もともとこれらの治療法で不正出血が止まらないような事例(高度肥大を呈するかなりの大きな子宮腺筋症など)に対してGnRH アゴニストを先行投与し,子宮を縮小させてからジエノゲストもしくはING-IUS 治療に切り替えるという方法は本来はあまり勧められない.
・そのような治療を行った場合はGnRH アゴニスト中止後にエストロゲンレベルが上昇し子宮のサイズはもとにもどり,緩徐に増大していき,奏効率も低下し再度不正出血を呈する可能性があるため注意が必要である.