7. 遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)の特徴

定義
HBOCはBRCA1またはBRCA2遺伝子の生殖細胞系列変異が原因で、若い年齢(しばしば50歳以前)で乳癌を発症し、常染色体優性遺伝で、トリプルネガティブ(エストロゲン・プロゲステロン・HER2 受容体陰性)乳癌を発症しやすく、卵巣癌は漿液性癌が多くを占め、腹膜癌を発症することもある。


一般的に、上皮性卵巣癌は図のように漿液性癌、類内膜癌、明細胞癌、粘液性癌、その他に分類され、主にこの4種類の組織型に遭遇することが多い。分子生物学的な観点から、漿液性癌はタイプ2、それ以外をタイプ1と分類している。
タイプ1、特に、類内膜癌、明細胞癌は今まで勉強してきたように、子宮内膜症からゆっくり癌化するタイプであり、早期がんが多いため比較的予後良好である。それに対し、タイプ2の高異型度漿液性癌は短期間で発がんし、進行がんが多いため、抗癌剤感受性は高いもののその多くは再発に至り予後不良である。HBOC患者は主にタイプ2の高異型度漿液性癌に多く認められるが、タイプ1の類内膜癌、明細胞癌でも報告はある。

図のように本邦では欧米と比較してタイプ1が多く、タイプ2は少ないと言われている。民族による差があり、アジアでは本邦と同様な傾向を認めている。

本邦における年間のHBOC推定患者数は4000~5000人と考えられ、決して稀ではない。子宮頸がん検診で受診した患者の家族歴に、乳がんや卵巣がん患者がいる場合には、丁寧な家族歴の聴取が求められる。さらに、自施設で卵巣癌を治療する際には、家族歴や乳癌の組織型などからHBOCの拾い上げに習熟する必要がある。
婦人科医として、患者の拾い上げ、乳癌等のリスクに関する知識、遺伝学的検査に関する知識、HBOC関連卵巣癌に対する新規治療薬の知識が必要である。HBOCの情報が社会に浸透すれば、我々は家系内の未発症者に対する相談を受けることもあるため、未発症者に対するリスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)とRRSOを希望されない場合のサーベイランスに関する知識も必要である。

図のようにHBOCは遺伝性疾患といってもすべてに家族歴があるわけではない。核家族で家族構成人数が少なければ家族集積性がみられないこともある。家族歴はみられる場合(水色の部分)と見られない場合(緑の部分)があり、BRCA1/2遺伝子に変異があっても、必ず乳がんを発症するわけではない(ピンクの部分)ことも知っておくべきである。HBOCの特徴を習熟すべきである。

HBOCの特徴
1.BRCA1またはBRCA2遺伝子の変異が原因
2.常染色体優性遺伝(親から子へ体質が50%の確立で伝わる)
3.若い年齢(しばしば50歳以前)で乳がんを発症する
4.トリプルネガティブ(エストロゲン・プロゲステロン・HER2 受容体陰性)の乳がんを発症する
5.卵巣がんは漿液性癌が多い
6.腹膜がんを発症する可能性がある

HBOCのリスク
1.乳がんは40%-85%に発生し、若年発症の傾向あり
2.対側の原発性乳がん発生のリスクは40%-60%あり、同側の(新たな)乳がんのリスクも増加する。
3.男性乳がんのリスクが増加する。
4.男性では前立腺がん(5−7倍)、膵臓がん(3倍)が増加する。
5.一般集団と比較して、乳がんを発症するリスクは 6−12倍、卵巣がんを発症するリスクは 8−60倍と高い。

HBOC患者に遭遇した時の対応は? 次回解説する。