5.切迫早産の治療についての最近の話題:長期の子宮収縮薬投与について

 早産の妊娠週数が新生児死亡や脳性麻痺などの周産期予後と最も密接に関連することが知られており、早産を防ぐことは周産期医療にとって最も重要な課題のひとつであり、その早産を防ぐ目的で切迫早産に対する子宮収縮抑制薬を用いた薬物治療が広く行われています。切迫早産における異常な子宮収縮に対して子宮収縮抑制を行うことを tocolysisと言いますが、tocolysisの方法は欧米とわが国とで大きく異なっています。 tocolysisの効果は48時間に限られるというエビデンスから,欧米では児の成熟を促すステロイドを投与し、効果が発現するまでの48時間に限定して子宮収縮抑制薬を点滴投与する,いわゆるshort term tocolysisが行われています(1)。また、内服での塩酸リトドリン(β刺激薬)は重篤かつ多様な副作用が問題となったことから、米国食品医薬品局(FDA)や欧州医薬品庁(EMA)ではその使用の中止を勧告しています。

 一方,わが国では子宮収縮が抑えられた後も,再発を防ぐ目的で予防的に投与を行う long term tocolysisが行われ,結果的に長期間の入院管理が行われています。しかし、long term tocolysisが早産を防ぐことおよび新生児の予後の改善に有効であることに関するエビデンスはほとんどありません。加えて、内服での塩酸リトドリン(β刺激薬)の投与も我が国では依然多くの施設で行われています。

 昭和大学病院では、2003年頃より外来での内服での塩酸リトドリン(β刺激薬)の投与は中止していましたが、2013年12月までは規則的な子宮収縮がある、または頸管長の短縮が観察される場合に切迫早産と診断し、塩酸リトドリンを主体とする子宮収縮抑制薬を点滴投与していました。しかし、2014年1月以降は規則的な子宮収縮があり、かつ子宮口の開大または頸管長の短縮が観察される場合にのみ切迫早産と診断するという定義を明確化して共有することと、25週以降は48時間に限定した子宮収縮抑制薬を投与するプロトコールを採用しました。そしてその結果を評価するためプロトコール変更前の分娩1548例と変更後の1444例について比較してその影響を検討しています(2)。その結果、塩酸リトドリンを使用した患者数は変更前、変更後でそれぞれ64人、15人と大幅に減少しました。その期間の使用薬剤総量も4654アンプルから514アンプルに減少しました。同様に硫酸マグネシウムを投与した患者数も15人から6人に減少、薬剤使用総量も1574アンプルから193アンプルに減少しました。その転帰ですが、平均分娩週数は38週で差はなく、37週未満の早産数(182 vs 153)、28週未満の早産数(20 vs 17)に有意な変化も観察されませんでした。また、NICU入院数(137 vs 129)にも差がなく、NICUのベッド占有率の増加などの影響は起こりませんでした。結果的に大きく変化したのは産科病棟のベッド稼働率の低下のみであり、産科での妊婦の入院例の多くは多胎、前置胎盤、妊娠高血圧腎症などとなりました。

 一方、塩酸リトドリンの使用実態と副作用の調査を2015年に日本周産期・新生児医学会が行い、その成果が公表されています(3)。それによると同薬剤を投与された273人のうち51例で有害事象を認めたと報告されています。有害事象の内容は、肝機能障害が43例、横紋筋融解症が30例、肺水腫・顆粒球減少症がそれぞれ25例などであり、おそらく一般産科医の認識以上に有害事象が高頻度に発生していることが示されています。

 このように子宮収縮を訴える妊婦に安易に塩酸リトドリン内服錠を処方することや切迫早産の診断で子宮収縮や子宮口の開大所見がないにもかかわらず塩酸リトドリンや硫酸マグネシウムを投与すること、および切迫早産と診断された妊婦に子宮収縮抑制薬を長期投与することなど、切迫早産の管理法について、そろそろ再検討すべき段階に来ているのではないかと思っています。

1.Neilson JP, et al: Cochrane Database Syst Rev. 2014; 2: CD004352.
2.Nakamura M, et al. Comparison of perinatal outcomes between long-term and short-term use of tocolytic agent: a historical cohort study in a single perinatal hospital. JOGR 2016; 42, 1680-1685
3.大槻克文. リトドリン塩酸塩の使用実態ならびに副作用に関する調査報告.周産期シンポジウム抄録集 2016; 34, 15-18