5.チョコレート嚢胞はなぜ発がんするのか?―酸化ストレスとは―

Answer
チョコレート嚢胞の癌化には酸化・抗酸化のアンバランスが関与している

酸化ストレスとは

「酸化ストレス」をWikipediaで調べると、活性酸素が産生され障害作用を発現する生体作用と、生体システムが直接活性酸素を解毒したり、生じた障害を修復する生体作用との間で均衡が崩れた状態のことである。生体組織の通常の酸化還元状態が乱されると、過酸化物やフリーラジカルが産生され、タンパク質、脂質そしてDNAが障害されることで、さまざまな細胞内器官が障害を受ける。ヒトの場合、酸化ストレスは様々な疾患を引き起こす。たとえば、アテローム動脈硬化症、パーキンソン病、狭心症、心筋梗塞、アルツハイマー病、統合失調症、双極性障害、脆弱X症候群[1]、慢性疲労症候群などに酸化ストレスが関与している、と記されています。
 活性酸素はスーパーオキシド(・O2-)、ヒドロキシルラジカル(OH・)、過酸化水素(H2O2)、という順に生成され、DNA障害を惹起します。特に、2価の鉄と過酸化水素によってヒドロキシラジカルが発生するのをフェントン反応と呼んでおり、鉄による発がんと考えられています。

Fe2+ + H2O2 → Fe3+ + OH- + OH・ (フェントン反応)

ヘム部分に酸素が結合しても鉄は2価のままであり、酸化されにくいのですが、一部は酸素の酸化力により、徐々に酸化されてメトヘモグロビン(metHb)になります。これを自動酸化といます。鉄原子の価数が3価であるヘモグロビンには酸素結合能がなくmetHbと呼ばれ、酸素のかわりに水がヘムの鉄原子に結合し、酸素との結合能力は失っています。

Hb-Fe2+ (oxyHb) + O2 → Hb-Fe2+-O2 → Fe3+ (metHb) + ・O2- (自動酸化)

このときに産生される活性酸素はスーパーオキシド(・O2-)であり、強烈なDNA障害作用を有することがわかります。チョコレート嚢胞の酸化ストレスはこちらのほうが大事かもしれません。

内膜症の癌化は酸化・抗酸化バランスが決めて

前回の講義の時にチョコレート嚢胞内容液とそれが癌化した卵巣癌(Endometriosis-associated ovarian cancer, EAOC)の嚢胞内容液のoxyHbとmetHbの濃度を測定した結果は、チョコレート嚢胞がmetHb優位で、卵巣癌はoxyHbが有意であることを説明しました。すなわち、チョコレート嚢胞は酸化ストレスにさらされており、卵巣癌は原因か結果かは不明ですが、抗酸化環境に傾いているわけです。
 逆だと思いませんか?チョコレート嚢胞は酸化ストレスが強ければすべてDNA障害が起こって癌化してしまうのではないでしょうか?つまり、チョコレート嚢胞のほうが酸化ストレスが低くて、卵巣癌のほうが高ければ、DNA障害が徐々に起こって、一部の内膜症細胞の癌化が起こると説明しやすいのではないでしょうか?
 私たちもそう考えておりました。しかし、この現象を説明するには以下のような逆説的な考えをせざるを得ないのです。すなわち、内膜症細胞は酸化ストレスが強いため、癌化のプロセスを歩むよりも細胞死のほうに向かっているのに対し、何らかの環境の変化により、抗酸化能が亢進すると、DNA障害を保持したまま内膜症細胞は生存し続けるので、DNA修復を行おうとしてもクロマチン再構築がうまくいかずに、DNAを治しきれずに遺伝子不安定性などが蓄積して癌化のステップを歩むのではないか、と考えております。