4. チョコレート嚢胞患者を高次医療機関へ紹介するタイミング:経腟エコーでチョコレート嚢胞の内容液が黒くなることは何を意味するのか?

Answer: チョコレート嚢胞の癌化は単なる嚢胞内容液の希釈ではなく、酸化・抗酸化の環境変化が発癌に関与している
図1を見ると左のチョコレート嚢胞内容液はスリガラス状に見えるが、右のように癌化した場合には、サイズの増大とともに隆起性病変が出現し、それとともに嚢胞内容液が黒くなっている。さらに、隔壁の不整や肥厚が認められるのが特徴である。

図1

では、癌化した場合はなぜ嚢胞内容液が黒くなるのか?エコーで黒くなるということはチョコレート嚢胞のドロドロが消失して、漿液性のサラサラした内容液に代わることを意味している。

希釈によるものか?
最も考えやすいのが、腫瘍組織から液性成分が産生され、希釈されるという仮説である。チョコレートは毎月出血するため、血管外に流出した赤血球が嚢胞内に蓄積され、溶血し、ヘモグロビンはヘムとグロビンに分かれてヘム鉄から鉄が遊離すると考えられる。そこで、チョコレート嚢胞(endometriotic cyst)内容液とそれが癌化した卵巣癌(Endometriosis-associated ovarian cancer, EAOC)の嚢胞内容液の鉄濃度を測定した。総鉄濃度(ヘム鉄と遊離鉄の和)を測定したところ、図のようにチョコレート嚢胞内容液の鉄濃度は卵巣癌嚢胞内容液より優位に高値を示すことから、やはり希釈による可能性が考えられた。

図2

次に、嚢胞内のヘモグロビン分子種に着目した。ヘモグロビンは酸素と結合するオキシヘモグロビン(Fe2+)が血管外に遊離すると「自動酸化」によりメトヘモグロビン(Fe3+)に変換され、この時に強力な酸化ストレスを発生する。オキシヘモグロビンとメトヘモグロビンの可視光領域(400 nmから700 nmまで)の吸光度を測定した結果を示す(図3)。オキシヘモグロビンとメトヘモグロビンの吸光度はほとんどオーバーラップするが、500 nmから700 nmまでの吸光度を拡大した挿入図を見ると、オキシヘモグロビンは545 nmと580 nmに2つのピークを認めるが、メトヘモグロビンは545 nmと580 nm以外に620 nmに3つ目のピークを認めた。

図3

希釈ではない
チョコレート嚢胞(endometriotic cyst)内容液とそれが癌化した卵巣癌(Endometriosis-associated ovarian cancer, EAOC)の嚢胞内容液の吸光度を測定した結果を図4に示す。チョコレート嚢胞(endometriotic cyst)内容液は545 nm、580 nm、620 nmの3つ目のピークを認め、メトヘモグロビンのパターンを示し、卵巣癌(Endometriosis-associated ovarian cancer, EAOC)の嚢胞内容液は545 nmと580 nmの2つのピークのみ認め、620 nmのピークを認めず、オキシヘモグロビンのパターンを示した。すなわち、チョコレート嚢胞内容液はメトヘモグロビン優位であり、卵巣癌の嚢胞内容液はオキシヘモグロビン優位であった。メトヘモグロビンは酸化ストレスの指標であり、オキシヘモグロビンは抗酸化の指標であるため、チョコレート嚢胞は酸化ストレスにさらされており、癌化することにより(原因か結果かは不明であるが)抗酸化有意な環境に置かれることが判明した。これの意味するところは、癌化は単なるチョコレート内容液の希釈ではなく、酸化・抗酸化の環境変化が発癌に関与していることを意味する。

図4

次に、多数例の両疾患でメトヘモグロビン/オキシヘモグロビンの比を計算したのが図5である。この図の意味することは、チョコレート嚢胞の内容液はメトヘモグロビン優位で、卵巣癌になるとオキシヘモグロビンが優位になるとくことであり、単なる希釈ではなかった。

図5